第9話 不穏
八風が夜頼、琴音に聴取をしていた頃。怪奇連盟本部、実動隊隊長の部屋では、矢坂と男の二人がいた。
「おかえり、晶也」
「人付き合いが荒いんだよ、全く……。悪いけど、今日は休ませてもらうからな」
「ええ、存分に休んで」
この男の名は
黒い髪は整髪料で固めたオールバックで、細めで白縁のメガネが特徴的だった。ただ、それ以外は普通すぎるほど普通だった。スーツ、紺のネクタイ、ポケットに煙草、手にはビジネスバッグ等、ありきたりなサラリーマンの格好……。どこにでもいる格好、そうとしか言えない姿だった。
「煙草もらうぞ。灰皿あるか」
「はい、どうぞ」
矢坂は手元にあるガラス製の大きな灰皿を手に取り、机を挟んで対面にいた名月にそれを渡す。
この灰皿は、この部屋にあるにも関わらず、非喫煙家である彼女は全く使わない。つまり、彼のためだけに用意された灰皿だった。
助かる、と彼は一言伝えると、ポケットから取り出した紙煙草を口に咥え、オイルライターで火をつけて一口、軽くふわっと煙を吐き、そこから改めて深い深呼吸をするように、それを吸いだした。
「さて……。晶也、長い間ご苦労様。報告をお願い」
「あのな、少しは休ませろ……。まあいい、結論から言うぞ。お前の読みは悪いことに当たってそうだ」
その答えは彼女にとって嬉しくないらしく、顔を少し強張らせていた。
「お前ら実動隊が排除してきた怪異――というより、発生した怪異か。ここ一年の間、増加の一途を辿っている。夏や秋にかけて怪談話が流行ったりするのは、例年通りといえば例年通りだ。だが、今回の増加の要因は、明らかに人為的なものがあると言える」
「その根拠は」
「季節と怪異の種類、そして被害者だ。まず季節だが、冬から春にかけて多くなっているのは、少し違和感があるな。そして、何故か体現性怪異ばかりが目立つ。勿論、怨恨性が湧くよりかはマシだが、それにしても目立ちすぎと言った具合だ。で、最後。被害者の多くは住所不定、身元も不明。警察も特定に時間がかかる様な人間ばかりだ」
「これ、やっぱり変ってことでいいのよね」
名月は肺いっぱいに煙を吸い、それをゆっくりと吐き出した。
「変だ。ダメ押しにもう一つ、決定打になったものがある」
「何?」
「これは、あいつらの核だ」
そう言ってビジネスバッグから取り出したのは、五つの小瓶だった。中身はどれも札のような物で、汚れ方や破れ方が違うだけで、似たような物であることは想像に難くない。
「札が核になるのは、まあ、よくあるというか……。普通じゃないかしら」
「確かにな。曰く付きの人形、黒電話、その他諸々……。封印として札を貼り、それが却って核となる事象は多い。俺らもそこは知っている。問題は札そのものなんだよ」
そう言って再び、紫煙を燻らせる。彼女は目の前に出された瓶の中の札をまじまじと見つめるが、どれも似たような物、そうとしか判断できない。
「何が変なの?」
「この紙の材質、インク……。どれも同じなんだよ」
「ふうん……如何にもって感じね」
「偶然同じ場所で作られた札が、偶然怪異の核となったのか。或いは、故意に怪異を生み出すためにこの札を量産したのか……。それはわからん。だが、どちらにせよ、この札が原因で怪異の発生が増えているのは疑いようがない」
「偶然が幾つも重なると、それは最早必然。なるべくしてなっている。そう捉える方が自然ということね」
「そうだ。今日この後、暁と梁坂がペンションの怪異を排除しに行くんだろ。だったらこの事は隠しとけ。余計な詮索をして、自ら首を絞めるような事はさせたくない」
「わかった、隠しておく。でも大丈夫かしら。雪乃ちゃんは気付いちゃうかもしれないわよ」
「あいつの異能力、
「それもそうね。あの子、良い子だもんね」
「そういうことだ……。報告は以上だ。聞きたい事はあるか」
「これだけ分かれば十分よ、ありがとう。あなたは暫く休んで。他の調査隊メンバーも暫く休んでもらうつもりだから」
「おお、やっとゆっくりできるな……。助かるよ」
「こちらこそ助かったわ。そのお礼に、あなたの好きだと言っていた銘柄の煙草、カートンで用意しておいたから。部屋に戻ったら確認して」
「お、本当か!?こりゃ最高の休日になるな。今度お礼にケーキでも持ってきてやるよ」
「生憎ダイエット中なの。気遣いありがとうね」
「ふっ、まあ何かしら礼はするさ。またな」
「ええ、お疲――いや、待って」
「なんだ」
「最後に一仕事、頼めるかしら」
「だあああ、本気で言ってんのかよ……。せっかく良い気分で休めると思ったのに」
「舞ちゃんから連絡。急遽二人を連れて帰ることになったらしいから、お迎えをお願い」
「……俺はいつ休めるんだろうな」
「これが済んだら本当に休めるわ」
「はぁ……。次はないからな、場所だけ教えろ」
◆◆◆
一方、回収の要請をした八風は、二人を連れて洋館の入り口まで戻っていた。
「電波が通じてよかったよ。ここなら車も来られるから、暫く待っていようか」
二人を連れた八風は、両手を組んで空高くまで上げ、背中と肩をぐーっと伸ばしていた。
「……琴音、本当に良かったの」
「うん……。多分、こうするのが良いの。それに、外に出てみたかったし」
八風は二人の会話を聞いて、その表情を改めて見つめる。生気の薄い表情が、少し彩りが加えられたような、気持ちに少し余裕が生まれたような、強張っていないものへと変わっていた。
「思い切ったね。今までは拒んでたのに」
「不思議だよね、私もそう思ってる。でも、なんだろう……。私に出来ることがあるなら、したいって思ったの」
「そっか。でもこれは僕の我儘でもあるんだ。嫌になったら言ってほしい」
「うん、わかった」
二人の仲は、やはり年単位で過ごしていた事で、かなり良好らしい。八風はそれを改めて認識し、安心していた。
しかし、気になる事が一つだけあった。
「ねえ、夜頼くん。ちょっと気になった事があったんだけど」
「なんですか」
「二人で暮らしていたと言ってたけどさ。ご飯とかどうしてたの?」
人に見つからないように細々と暮らしていたと言う割には、伸びた髪以外に身体的な問題は無いように見える。それに、敷地内に畑や山菜などは見当たらない。食料はどうしていたのか。その辺りがよくわからない。
「ああ……。あまり、良くない方法ですが……」
「まさか、万引き?」
「いやいや……。この館のお金を使っていたんです」
館のお金と聞いた時点で、全てを察する事ができた。
「なるほどね。確かにお金持ちの家だもんね、現金で保管していても不思議じゃないか。でも金庫とかに入ってたんでしょ。どうやって出したの?」
「そこは琴音に……」
横にいた琴音に視線を向けると、すみません。と呟き、少し視線を落とした。
「そこはまあ、仕方ないんじゃないかな……。私もとやかく言わないよ。じゃあ、風呂とかその辺りはどうしたの?」
「えっと、風呂屋さんに行ってました。琴音は、水浴びで事足りていたらしいので……」
こうして二人の生活を聞いていると、よく今まで見つからなかったなという感想しか出てこなかった。上手く隠れられていたのか、それとも、見つかるという未来を避けて過ごしていたのだろうか。
「そっか、すっきりした、ありがとうね。最初に見つけたのが私たちでよかった」
「本当にそう思います。琴音のこともあるし、誰かに手を差し伸べられるとは思っていませんでしたから」
「八風さん、本当にありがとうございます」
「気にしないで良いのよ。さて、じゃあ私の仲間が来るまでゆっくりしようか」
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