03:限定スイーツのためならば
ズダダダダダッ!! パンッ! パンッ!
カカンッ! カキューン!!
「うぉらぁぁぁ! こんなもの効くかぁぁぁ!!」
「えぇぇっ!? こっちに向かってくる方、お体に当たった銃弾を全部弾いてますわ!? どうなってますの!?」
「防弾ベストかなにかでも制服の内側に着用しているのでしょう! 攻撃を受ける前提で無理やり突撃とは、本ッ当に優雅さの欠片もありませんね……!!」
——硝煙の鼻につく匂いが充満し、怒号や銃声、爆発音などなど平穏さとは程遠い音ばかりがこだまする、ある
白を基調とする制服を着用し、頭上には
二人がそれぞれ視線を向ける先には、彼女たちとは逆に真っ黒な制服を纏い、長い髪の隙間から捻じれ曲がったツノを覗かせる一人の少女の姿。
釘が何本も突き刺さったバット——もし叩かれたらいかにも痛そうなそれを構えて、暴走特急の如き勢いで二人組の方へと肉迫する彼女へと、その進行を抑えんとする銃弾の雨が降り注いでいた。
「ごちゃごちゃうるせぇ! 気合だ気合! お前ら温室育ちの甘々お嬢様のヘタレ根性じゃ、ぜったいに無理だろうけどなぁ!!」
しかしツノの少女はそれらの抵抗をものともせず、むしろ二人を逆に嘲笑う余裕すら見せながら、一切速度を落とすことなく迫りくる。
そんな彼女の足元の地面には、これまた円形の印章——相対する二人の少女の頭上に浮かぶものと似たそれが、仄かに怪しげな光を放っていた。
「なっ……!? なんたる侮辱を……!」
「い、いけませんわ! あちらの誘いに乗っては……!」
「…………ッ」
散々見下していた相手からの挑発的な笑みを伴ったその台詞に、プライドを傷つけられたのか、二人組の少女の片方が眉を吊り上げる。
明らかに冷静さを欠き、そのまま遮蔽から身を乗り出そうとする相方の様子を見て、もう一人の白制服の少女が慌ててその首根っこを掴む。
「お待ちなさいな! 少し落ち着くんですのよ!」
「——、し、失礼しました……! 私としたことが……」
「ふぅ……いいんですのよ。お気持ちは分かりますわ——あの方の言い草には、わたくしも
「ええ……ですが、貴女に引き留めていただいたおかげで改めて思い出しました。私たちカンターレ生の、かくあるべきという姿を」
「『優雅なる旋律たれ』——我々カンターレ女学院の校訓ですわね」
無理やり瓦礫の遮蔽の裏に引き戻され、話しているうちにどうにか落ち着きを取り戻した少女の反応を見て、もう片方の少女は安堵の息を吐いた。
だが、そちらに数秒気をとられていれば——
「なーんか話してるみたいだけどよ、おしゃべりはもう済んだか~? いい加減かくれんぼも飽き飽きだっての」
「…………!」
「して、やられましたわね……」
——足止めを失った
遮蔽を挟んだ反対側のすぐそこにいるのだろう——至近距離から聞こえたその声に対し、遮蔽に隠れていた二人は顔を見合わせた。
そして何かの意思疎通をするかのように、ゆっくりと同時に頷く。
「こうなれば、もはや遮蔽に隠れる意味もありませんわね」
「ええ。これだけ懐に入られてしまったのは、正直腹立たしいことこの上ないですが」
「やっと出てきやがったな? 臆病なカンターレの温室育ちどもめ」
遮蔽越しの挑発に答えるようにして壁の裏から姿を現した二人の少女は、眼前で口元を歪める不倶戴天の敵の方へと歩み寄った。
正対するツノの少女もまた、相手を見下し嫌悪するような視線を隠しもしない二人組に向かって、一歩ずつ迫っていく。
そうして無言のまま距離を詰めていく両者の間から、徐々になんともいえぬ緊張感が広がっていく。
やがてその空気の張り詰め具合が一触即発レベルにまで高まった時、二人組の片割れがわざとらしい大声で先に沈黙を破った。
「ふんっ、野蛮なゲーティア生ごとき、至近距離に入られたくらいでど~ということはありませんわー!? 結局持っているのは
「後方に引きこもって多対一で一方的に虐めることしか能のなくて貧弱な
「おや、戦略のせの字も分からないゲーティアの野蛮人が、なにかほざいていらっしゃいますー!?」
「そっちこそ二対一とかいう卑怯な有利状況でイキり散らかしてて恥ずかしくないのかよ! あぁ!?」
……口を開けば止まらない、互いへの侮蔑を一切包み隠さぬ言葉の応酬。
片や——規則や高潔を語る学び舎の下に属しながら、それらの名を騙り自身を見下す者らへと。
片や——混沌と自由を愛す学び舎の下に属し、知性も礼節もないままに自身らへ歯向かってくる者へと。
互いが互いに決定的に噛み合わない価値観を持ち、しかしながらそれゆえ心中に渦巻いているものが一致していたのは、なんという皮肉か。
——胸に抱いた「苛立ちと不快感」、それがこの場における彼女たちの、唯一の共通点だった。
「やはりゲーティア生、お・は・な・しになりませんわねぇぇ!?」
「ハナからこっちと話す気なんてなかっただろうがボケッ!!」
「もしや私たちに勝てるとでも思って——いえ、妄想なさってますか!?」
「あぁ!? 上等だってんだやるかオラァ!?」
全員が額にビキビキと青筋を浮かべ、各々
互いに敵とみなした存在の一挙手一投足に集中し、腹の内の不快感を怒号として飛ばしていた。
張り詰め具合がさらに臨界まで高まっていく空気の中、この戦場で新たな争いがまたひとつ始まろうとしていた————まさにその瞬間において。
乱れに乱れた感情と高まる緊張がもたらした、視野狭窄。戦場ゆえの雑音と、己が感情のままに吐き出される怒りの声による、疑似的な聴覚の麻痺。
現場の誰もが無意識に陥っていたそれらが思考力を低下させた結果——彼女たちが平時の状態なら既に気付けていただろうある異変にまで、その思考を至らせなかったのだ。
すなわち————
「うおぉぉぉぉぉぉぉ~~~っ!! すい~~つぅ~~~~~!!」
——という奇声を発しながら、遥か遠くから砂埃や瓦礫が巻きあがるほどのとんでもない勢いで
「——ッ!? な、なんだ!?」
「へ? ——ちょ、一体なんですのアレ!?」
「こっちに突っ込んできます!? は、速っ——このままじゃ回避が間に合いません!!」
瓦礫などの障害物が散らばる道路上で、唯一開けたエリア——そのど真ん中で向き合うようにして立っていた三人の少女たち。
ようやく自分たちのもとへと迫ってくる存在と、その正体が「防弾盾を構えたまま突撃してくる何者か」であることに気が付くが——時すでに遅し。
今にもここで
今の今まで全く気配を察知できなかった結果——それはもう回避不能な段階、致命的なまでの至近距離にまで迫っていたのであった。
「すい————あっ!? そこ危ないよっ! ど、どいてどいてどいてぇ~~~っ!!」
(——そんな突然どいてと言われてもさぁ……)
(——なんならめっちゃ爆速で目の前まで迫っておいて、それを言いますの……?)
(——もっと言えば、もう今まさにぶつかろうとしているときに言いますか……)
…………ある意味での奇跡と呼ぶべきだろうか。
「いや遅いって……」というツッコミで、犬猿の仲にありながらも本日二度目となる心境の一致を果たした三人には——しかし、もはや成す術はない。
もう目と鼻の先まで来ている脅威は、なおも無慈悲にも彼女たちへと迫り、そして。
「ちょ嘘だろ!? 待て待て待て待て待て待て————!?」
「は、早く!! 早く横に逃げますの————!!」
「も、ももももう間に合いません————!!」
ドンッ、ボコッ、バゴッッ————————!!!!
「「「んぎゃっ」」」
……硬いもの同士がぶつかる鈍い衝撃音と潰れるような短い悲鳴が、それぞれ三つずつ——あまり綺麗とは言えない三重奏を奏で。
哀れな音を発した者たちの姿は、そのままキラーン……と、どこか遠くへと凄まじい勢いで吹っ飛ばされていくのであった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あ、あちゃ~、やっちゃった……! ご、ごめんね~っ、さっきぶつかった子たち~っ!! って多分聞こえないよねこれ……」
戦場と化した道路を暴走する鉄塊——もとい、防弾盾を前方へ構えたまま全力疾走するマキナは、つい先ほどえげつない音をたてて正面衝突した少女たちへと、届かぬ謝罪を叫んでいた。
道路上にて「車両と人」ならぬ、「人間同士」の不慮の
「でも……ごめんね! 今だけはわたし、止まるわけにはいかないからっ!」
慌ただしくころころと変わる彼女の表情に同じように、その後頭部に浮かぶ桃色の紋章もまた、頭上周りをあちこち落ち着きなく動き回っていて。
それまで撥ねられた者たちへの台詞と共に申し訳なさそうな表情をしていた彼女は、しかしあっさりと表情を切り替えると、今度は不退転の覚悟を宿す笑みを浮かべる。
「今だけしか手に入らない、ドルチェ・ド・ルーチェの限定スイーツ……! これを逃すなんて、絶対にできないもんね!」
……仮に、跳ね飛ばされた三人がこの場に居たなら、果たして何を思っただろうか。
自分たちを思いっきり弾き飛ばしておいて、それを気にしてこそいつつもなお足を止めることはできない——と、覚悟を決めた様子で真っ直ぐに進んでいった彼女の。
ある種の狂気にすら近い、強い意志を宿すその目に映るもの——自分たちの犠牲のその先にあった、彼女が目指すその先。
それがまさか、単なるスイーツでしかなかった……などと、知ったならば。
「うおぉぉぉ~~っ!! まっててわたしのスイーツちゃ~~んっ!!」
マキナの身体前方を全て覆うように展開されたシールドが、疾走に伴って舞い上がる小さな破片や、行く手に転がる瓦礫を難なく押しのけ、あるいは時に彼女に向けて飛んでくる流れ弾などを軽く受け流す。
あらゆる障害をものともしないシールドの防御に加え、スイーツに対する脅威的な意志力——いや、もはや執着と呼ぶべきものによる、止まることを知らない彼女の猛進。
純白の髪が煌びやかな軌跡を残し、戦場を貫く一条の光となっていくその様は、遠目からすれば白い弾丸のように見えたことだろう。
「——お、あそこ、なんかカンターレのやつが走ってくるぞ」
「いい機会だ、ついでにあいつにもぎゃふんと言わせてやろうぜ?」
「いいね~? よし、
遠巻きに瓦礫の上からそれを眺めていた少女たちは、マキナが着ている白い制服とその頭上に浮かぶ輪を見てにやりと笑みを浮かべると、懐から爆弾を取り出し。
頭上へぽーんと放り投げ、重力に引かれ落ちてきたそれを器用にバットで打ち出した。
小気味良い打音が響くと、小さな塊は弧を描いて、直進する
「へへへっ、これであいつもどかーんってな!」
「見てろ見てろ~?」
水平方向からマキナ、上方からは手榴弾が近づき——やがてある一点で、二者の軌跡が交差するタイミングがやってくる。
しかしその瞬間に訪れたのは、破裂音と強烈な光に代わる、硬いもの同士が衝突する低い音。
直後、その後を追うようにして——
「は?」
「え?」
飛来する方向を180度反転し、さらにシールドに勢いよく跳ね返されたことにより速度を保ったまま、少女たちのもとへと手榴弾が返ってくる。
よって、即日返品、速攻Uターンにて戻ってきたそれが眩い光で牙をむいたのは——自らをバットで殴りつけた者たちに対してであった。
「ぐああああああああ!! 目が! 目がぁぁぁぁぁっ!!」
「白い! 視界が真っ白で何も見えない!! ああああああああ!!」
——自分に降りかかっていた妨害に気づかず、やや遠くでそんな一幕が繰り広げられていることすらも一切知らないマキナ。
彼女は全力走行の果てに、いよいよ荒れ果てた戦場の外——カフェ『ドルチェ・ド・ルーチェ』を目前とするまでに迫っていた。
店の少し手前の地面は、道路のひび割れや焦げ付きといった戦いの痕跡が途切れ、まるで誰かが引いた境界線のようになっている。
争いに包まれた世界・それを免れた世界の分断を視覚的に表したかのようなその線を、両手で構えたシールドの小さな覗き穴から捉えたマキナは、歓喜と気合の混ざった声を漏らした。
「やった! ゴールはもう目の前まで来てるよぉ~っ!」
境界線の向こう側——カフェの店頭が構えられ、特に目立った外傷などの見られない通りの光景。
硝煙と埃の舞う戦場にいる彼女の眼には、まるでそこから光がさしているように見えていたことだろう。
じわりと溢れだした涎を口の端から零し、瞳をきらきら輝かせている彼女は、さらに進む勢いを加速させる。
「も、もうこれ以上待てない! うおぉぉぉ~~~っ!!」
かちゃ、とシールドの裏側に備え付けていたハンドガンを突如取り出したマキナ。
その進行経路上には、これまでなら迂回して対処してきたような、身の丈を遥かに上回る大きさのコンクリート。一塊でありながらその大きさであることを見るに、どうやら近くの建物の壁面が崩落したものの一部のようだ。
だが彼女は期待に浮かれきった様子のまま、避けるような素振りもなく真っ直ぐ突っ込んでいく。
——パンッ! パンパンパンパンッ!!
シールドを僅かに体の左側へとスライドさせ、解放された右前方の空間から右手を伸ばす。
そして刹那、彼女は手に握るハンドガンの銃口を連続で閃かせた。
すると銃口の向く先——巨大瓦礫に命中した弾丸が的確に衝撃を与え、表面に走っていたごく小さな亀裂を、本体の半分を覆うほどの蜘蛛の巣状へと拡大させる。
しかしながらその亀裂は、コンクリの巨塊の耐久性を確実に削ってはいたものの——未だそれを完全に砕くには至らない。
高さ方向だけで彼女の身長の二倍以上のサイズがあるの
そんな容易く人がどうこうできる代物ではない構造物へ、スイーツのこと以外はすっかり頭から抜け落ちた様子の
「と・つ・げ・きぃぃぃ~~~~~っ!!」
己が欲望と
少女の身体を前方から守る白いシールドと、ひび割れながらも形を保つ大きな瓦礫の距離が、まさにゼロになろうとしたその刹那。
彼女の後頭部にて淡く桃色に光っていた紋章が、それまでよりも一層強く——気を抜けば見逃してしまいそうなほどの一瞬だけ、輝く。
————やがて轟音と、大きな揺れ。次いで、何かががらがらと崩れ落ちていく凄まじい振動が、周囲の空気を震わせた。
ゼロイチ:スペクトル あおいぬ @aoinus2306
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