-03:箱の中の眠り姫(1)
…………。
……。
『最終チェック確認。
『扉が開きます。下がってお待ち下さい』
「ね、眠いです……も、もう今日は本当にダメかもしれません……」
あの後結局、(「それ要る?」と言いたくなるものも含めた)数十にも及ぶ多種多様なセキュリティチェックを経た末に——ついに扉のロックが解除された。
時間にしてどれくらい経ったか……いや、時計を見なくても分かる。
既に日付は変わっている——そう確信を持てるほどに、大量に面倒な工程だったのだから。
「本当に勘弁して欲しいんですけど……。わたし、もう今日で二徹目なんですから……」
この後上の階に帰ればきっと、デスクの両サイドにそびえ立つ書類の山が待っている。
いや、別にサボったりしていたというわけではない。
昨日もその前の日も、作業できる時間はずっと椅子に座り、ずっと大量の紙とにらめっこしていたのだ。
しかし何故か、一向に書類の山は標高を下げることがなく——結果として、ここ最近はろくに眠ることができていないのだった。
「……あ、マズいです。思い出したら急にふらふらしてきました」
そんなことを愚痴っていると、まるで思い出したかのように、体が疲れに対して反応したのか——視界がゆっくりと揺れ始める。
ここまできて、余計なことを考えるべきではなかったのかもしれない。
いやでも、流石にこういう状況だと文句の一つも言いたくなるというもので——
「——ううん、だめです。今だけは、こんな泣き言を言っている場合じゃ……ありませんよね」
——そう、最近の業務で大変な思いをしているのは、決してわたしだけじゃない。
ミツキちゃんも、そして【
確かにサボりたくなる気持ちは今でもあるけれど、みんなもきっと同じことを心の中で思っているはずだ。
だから、泣き言など言ってはいられない。少なくとも——今だけは、耐えなくちゃいけない。
「————っ!」
ぱちん、と勢いよく両頬に手を叩きつける。
一瞬だけやってくる乾いた痛みと、それに続き頬に僅かな余韻を残す熱が、後ろ向きになりつつあった心を無理やり前に向けさせる。
同時に、目の前を覆いつつあった眠気のモヤが取り払われ、視界と思考がいくらかクリアになっていった。
「よし! これでまた頑張れます!!」
自分自身への発破をかけて、もう一度目の前の、扉……があった空間へと向き直る。目の前を塞いでいた扉は既に横へとスライドし、先に隠されていた薄暗い通路がその先に口を開けていた。
奥の様子がよく見えないその中へ、わたしは迷うことなく真っ直ぐに足を踏み出す。
背後からわずかに漏れてくるわずかな光を除き、暗闇を照らすものがなにもない道を進んでいく。
僅かな光源は、背後に過ぎた入口の外側から差し込む、先ほど通過した通路の光のみ。
少し進むたびに目の前の闇は濃くなり、自分の足元の状況すらも視認が難しくなっていくが——そこに響く足音は淀みなく、一定のペースを保ち続けている。
やがて背後からの光すらも届かないほどに進んでくると、周囲は完全に暗闇に包まれた。
だが、それでも進んでいく足は止めない。
たとえ先が見えずとも、もう目的の場所は目の前まで迫っているのだから。
「——あ」
と、その時——何かの電源が入ったかのような小さな機械音が鼓膜へ届く。
それとほぼ同時にひとつ、またひとつと照明が灯っていき——今まで闇によって覆い隠されていた空間を、青みがかった光で照らしだす。
全てが露わとなった、その空間にあったのは——
「これが目的のものでよかったはずですけど……やっぱりすごい見た目です」
——無機質で味気ない台のうえにぽつんと置かれた、一台のデスクトップパソコン。
大きな液晶の薄型モニターとキーボードに、モニターへと連結している本体の箱。
そう、確かに見た目はただのパソコンだった——だが、普通それに似つかわしくない「あるもの」が、それの異質性を単純明快に示していた。
それは、モニターの背後——パソコン本体からこの部屋の天井へと伸びている、おびただしい数の大小の黒いコード。
常軌を逸した量の無機質なその管が、ただの機械に過ぎないはずのそれに、なにか怪物じみた禍々しい印象をもたらしていたのだった。
「……【超常遺物】——いわゆるオーパーツのひとつなだけあって、なかなかインパクトがありますね~」
オーパーツ——それは古代の文明のオーバーテクノロジーや、詳細が不明な様々な物体・物質などを含む、解析や研究を要する超常的な存在の総称だ。
こうしたものは様々な場所でたびたび発掘や発見がされることがあり、その中でも特に重要性が高いものなどは、
つまりここ、【イーリス】
「でも、わたしが探しに来たオーパーツは、これじゃありませんから」
何も知らなければその強烈な外見に騙されてしまうだろうが——今回探しに来たもの、つまり目的のオーパーツというのは、実はこの「
「さて、始めましょうか」
真面目な顔へと意識して表情を引き締め、台の上にて沈黙している
機械の箱とモニターには、電源らしきものは見当たらない。
だがわたしは気にすることなく、ただ——電源の灯らない黒い画面に映り込む自分自身の顔と向き合う。何も起こらないまま数秒、無意味に思えるような時間が静寂とともに過ぎていく。
わたしはそれでも身動き一つせずに、画面に反射している桜色の瞳を、ひたすら見つめ続けた。
無機質な黒い鏡が映し出す、目の前の少女の鏡像——足元まで流れるように伸びた長い髪と同じ色の瞳。
やがて永遠にも思えるような静かな時間の後に、それがわずかに揺らめいたような気がした。
——その瞬間。
「あっ」
今までうんともすんとも言わず電源の入らなかった
そしてウィィィ……と目覚めの声を上げて起動した画面には、見慣れたマークが浮かび上がっていた。
それはとある花を模したデザインが中心となった、直線と曲線が入り交じる特徴的な円形の記号。
花の名は、アヤメ——つまるところ、自分たちが属する組織・【イーリス】を象徴するデザインが、そこに表示されていたのだった。
「起動できるってことは分かってましたけど、こうしてちゃんと動いてくれてよかったです」
その記号が示すことはつまり、この
先述したオーパーツとは、出所が不明、または古代の文明由来のものであるため、このアヤメが意味することからしても、機械それ自体はオーパーツなどではない。
だからこそ——呼ぶ。
————この場所に隠されていた、本当の超常を。
「お休み中のところにごめんなさいなんですが——そろそろ時間ですよ。起きてください——■■■■ちゃん」
『———……——・……』
『————、…………ん、んん……ふぁ~……?』
わたしがそうして呼びかけた、電源が点いたばかりの機械の箱の中には——いつの間にか。
白と紫の入り混じった長髪の少女が、眠そうに目を擦りながら
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