第21話 儀式

 深い森の中、一つの松明の灯りを頼りに私たちは儀式が行われる森の中を歩いていた。


 先日の話によるとこの儀式の目的は召喚。つまりこの地に何かを呼び寄せる為に王女の部下が彼女の知らぬ所で秘密裏に動いているとのこと。


 それが何なのかは分からないが知られないよう隠している以上やましい事であるのは明白だ。


 しかし、召喚の魔術とは実在はするものの実用されることは滅多にないものだ。物や人を遠く離れた地に移動できる魔術は一見すると革命的な技術に思えるが問題は多い。

 まず一つ目にコストがかかり過ぎること。高品質の魔術媒介に大量の魔力、この二つを用意出来るのは名の知れた貴族か大富豪くらいなものだ。

 そして二つ目に召喚する物体に負荷が掛かること。空間を飛ばして移動させる以上、人が観測出来ない場所を通って来る為原因は分からない。だが過去には人が全身が捻れた状態で出て来たという悲惨な話もあるため、自身の目で確かめようとする人はいなかった。


 そんな魔術を使って何がしたいのかは分からないが、良くないことが起こることは分かる。実際彼女も——


「彼は悪事がバレる様なヘマはしない。もしバレる時は既に消す目算がついている場合のみ。つまり王族を殺すことを視野に入れた計画ってことだ。そんな計画立てて呼び出すモノなんて、絶対ろくでもないに決まってるさ」


 王族に支える今の地位を捨ててまで行う召喚。今回の首謀者であるジキルという名の男は一体何を考えてこんなことを始めたのだろうか。冒険者である私にはいくら考えても答えの出ない疑問だった。


 





 森のだいぶ深い場所まで来た私たちのパーティーは予定通り此処で待機することになる。


 今回の作戦は王女自身が提案したもので、王族は作戦立案も出来てしまうのか特に進言する点もなかった。しかし今回の依頼は冒険者だけではなく他に声を掛けた組織からも数人来るとのことで、私たちのパーティーはもし儀式を行う術者が想定より多く居た際に取り逃した者を待ち伏せする配置となった。


 激しい戦闘をしない方がパーティーの被害は減るのでありがたいのだが、何故私たちなのかは疑問が残る。


 冒険者には金属の名称を用いた階級がある。それは依頼の難易度ごとに受注条件を付けて死人を出さない為のものであり、指名して依頼する際に冒険者の実力を可視化するためのものでもある。


 今回の依頼に集まった者達の階級は全体で見たら上から2番と3番に位置する”金””銀”の計5パーティーだ。私たちは金でそこそこ名の知れた冒険者だと自負しており、それなのに後方での待機というのはパーティーの構成を考えて少し不自然に思う。


 剣士である私とカイルによる前衛。レンジャー兼弓使いのアンナによる中衛。そして術師であるユーリとリズによる後衛。私たちは人数こそ少ないが連携とバランスが売りであり、守りに向いた編成でもある。逃走者の捕縛であれば人数が多く、同じ様な依頼もこなして来たハイネルのパーティーが適していた筈。


 もし、それを分かっていて配置していたとしたら?あの王女が私たちに求めた役割が捕縛ではないとしたら———






「…ン?! なんだこの光!」


 突如私たちの足元が青白く光出し、暗い森を白一色に埋め尽くした。


「なによこれ!」

「ひいぃっ!」

「ウソっ、ウチが見逃すなんて!」

「クソがアッ!」


 皆んなが動揺の声を上げる中事態をいち早く認識するべく光の正体を急ぎ考える。

 光に触れても痛みはないことから人に干渉する物ではない。儀式があるとされた場所から街の方向に地面は光を放ち始めた。波打つように光るそれはリズたちが使う魔術の発光現象によく似ていて——


「まさか…、リズ!ユーリ!これは?!」


「信じたくないけど魔術よ!でもこんな馬鹿げた使い方見た事ないわ!」


「し、召喚の儀式っ!でも文献と全然違って空間を繋げてるみたいでしゅっ!」


 光の中、私の質問に迅速に答えてくれる二人に感謝しながら次の行動を考える。


 儀式の場所は此処ではなかった?しかしそれなら作戦中止の合図があるので妨害、または陽動に引っかかったと見るべきだろう。取り敢えず他のパーティーとの合流を———




『e7q@!b0eh.u!qr:w!b0ehoeg5w

uhuzw!6;f-@hf0qdf!q@;uk⁈6;f-@hf0qdf!q;q@!』


 突然、この世のありとあらゆる恐怖を叩き込まれた様な悲鳴が私たちの脳内に流れ込んだ。


「……うっ!」


 頭を殴られた様な感覚に耐えきれず私たちは皆膝をついてしまう。鳴り響く声の意味は理解出来ないが何かを恐れ助けを求めていることだけは何故だか分かった。


「一体、この街に何が起こっているんだ!」


 彼女王女の依頼を聞いたあの瞬間から続く胸騒ぎの正体。それが今起こっている現象のことなのか。これが王国全てを巻き込んでしまうほどの事件の前兆なのだとしたら——!



「こんな、所でっ!座ってなんかいられないっ…!」


 歯を食いしばり足に渾身の力を込め立ち上がる。

 

 この街に居て悲しい思いをした数はとても数え切れるものではない。しかし嬉しかったことも、この街に居て良かったと思えたことも確かにあったのだ。だから私は!



「その意気込み、大変素晴らしいです」


「同意だな」


 木の影から音も無く現れた二人組は感情の感じさせない平坦な声でこちらに賞賛を送った。


「あなた方は…?」


「敵ではない。味方とも言えないがな」

「いえ味方です。この方は諦めていない。なら導くのが私達の勤めです」


 ハッキリして欲しいと思ってしまうが、私は彼らの纏う装備を見て絶句する。


 に支える者だけが着用を許される純白の鎧。更に選ばれた者の証である金と白縹の装飾。そして胸元に彫られた赤いシンボルマーク。それらから導き出せる答えは——


「今回限りの助っ人。今はそうとだけ認識していろ」


 そう言って片割れの男は身元を伏せたのだった。

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