第20話 演説
名乗りを終えた彼女は近くにあった椅子に気品を感じさせる所作で腰を下ろす。
「そういう訳だから絶対に殿下とか姫様とか呼ばないように」
突如音もなく現れたことへの驚きと、呼び名への厳命に困惑が合わさり誰一人として膝を付いた姿勢から動けない。
「畏まりました。アーちゃん様!」
——訂正しよう。1人を除いてであった。
「うんうん。やっぱり常識に囚われない自由な冒険者はこういうお願いも聞いてくれるから良いよねー。頭が硬いと直ぐキレて他所に行ってしまうから困ったものだよ」
そう言って頷く彼女の姿を見て私はひとまず胸を撫で下ろした。
貴族や王族と平民では住む世界が違う。名のある家系の生まれというだけでその者が待つ力は我々と一線を画す。
そして、貴族が忠義を払うべき存在である王とその血族であれば言うまでもない。例え彼女が平民に対して慈悲深いと聞いていても不敬な行いに罰を与えない保証はないのだ。
「てな感じで聞いていた通り、今日は君達に依頼した者としてその詳細について教えようと思う」
「その前に宜しいでしょうか。失礼ながら一つ伺いたいことがあります。」
「ん?全然良いよ。言ってみなよ」
「ありがとうございます」
あまりにも突然の事で見逃してしまいそうになるが今回は二度目だ。流石に聞いておかなければならない。そしてそれはこの場に集められた全員が思っていることでもある。
「前回の依頼を申請される際、そして今回の詳細の説明。何故御身自らこの様な場所へ直接足を運んでくださったのでしょうか」
先程彼女は「お忍び」と言った。王都からこの街に王女がやって来たという話は何処にも無いはここ数日で調べがついている。よってお忍びというのは本当なのだろう。であるなら、次はそうしなければならない理由が分からない。
この街は他国からの貿易船が数多くとまる場所。勿論運ばれるものには厳重な検問が掛けられるが、この世に絶対は無い。必ず漏れは生まれてしまい、それには人も含まれる。よってこのアルマースはお世辞にも治安が良いとは言えず、お貴族様の道楽に応えられる品はあっても環境は合わないと言えるだろう。
そんな場所にやんごとなき身分の者が護衛を侍らせずに姿を現すなど何か特別な理由があってのことだ。
それに加えて今居る此処は———
「
「「………」」
「これは僕が君達について街の人達から最も多く聞いた言葉だ」
言われた言葉に対し特に感情の起伏はない。前々から言われ続けたことだからだ。
この街、いやこの世界で冒険者の立場は低い。法が理由ではない。冒険者の在り方が原因だ。
〈冒険者〉いつからそう呼ばれたのかは様々な説があり定かではないが、昔から人の世のシステムに組み込まれ必要とされていた事は事実である。しかしそれでも殺生を仕事とすることは今の世に適していない。需要はあるから迫害にこそ至っていないが汚れた存在として忌み嫌われることは少なくない。
それ故に冒険者になる者は何処かしらに問題のある人間であることが多く、そしてそれが世間一般の常識なのである。
それを肌で感じた幼い王女は私達をどう思ったのだろう。嫌悪、畏怖、はたまた憐れみだろうか。どれにしろ嫌われ者の私達に好感を抱くはずが———
「諸君、僕は君達が好きだ」
「「……!」」
「諸君、僕は君達が好きだ。
諸君、僕は君達が大好きだ」
突然彼女はそんなことを静かに語り掛けた。
「かの偉業で編まれるありとあらゆる人間讃歌が大好きだ」
ギルドの酒場でよく聞く古い歌。冒険者の開祖の偉業を残した歌とされるものだ。それを彼女は好きだと言った。あり得ないと、異常者の妄想だと蔑まれるあの歌を。
「依頼をならべた掲示板へ我先にと仲間と共に前列を弾き飛ばす姿が好きだ」
それは私達のいつもの日常の風景。
「花火の如く切り上げられた魔物の臓器がばらばらに散った話など心がおどる」
それは私達が受けた仕事を全うする姿。
その後も次々と語られる言葉に私達は次第に胸を打たれていた。
嫌われ蔑まれるのが当たり前の存在を、目に映す価値なしと貴族たちからは良いように使われる道具の私達を彼女は見てくれたのだ。そしてそれを肯定してくれた。
嬉しかった。この国の中枢である王族に認められた事が何より嬉しかった。
「諸君、僕は勝利を物語の様な勝利を望んでいる。諸君、依頼に応えてくれた冒険者諸君。君達は一体何を望んでいる?」
語られる声は我々の心境と同調し次第に弾んでいく。
「更なる勝利を望むか?誰の賞賛もない糞の様な勝利を望むか?爆風雷火の限りを尽くし三千世界の魔を殺す修羅の様な勝利を望むか?」
「「
「よろしい。ならば
高まる高揚を抑えきれず出た返答に彼女はニヤリと明るく笑い足を組む。
「さぁ、諸君。栄光を掴むぞ」
その後彼女から依頼の詳細を聞き、そして私達はその依頼の正体を知ったのだった。
◇
—————日が落ち、外の気温が下がるを感じながら彼女は薄暗い部屋に居た。
盗聴を過剰なまでに対策した部屋で膝を突き目の前の箱に頭を垂れる。
そこに今日見せた無邪気さや上に立つ者が持つ優雅さはなく、代わりに主人に支える者の姿があった。
「今日の定時連絡を行います、殿下」
「ああ、頼む。因みに正体がバレる様なミスはしてないね?」
箱から聞こえる声は冒険者に投げ掛けたものと同じだが、聞く者の心を揺さぶるカリスマの有無という点では違いは明白だった。
「はい。冒険者達は皆最後には私を殿下本人だと認識しており、信用も得られたと思われます」
「よろしい。僕が見せた聖典は役に立ったみたいだね。ところで君が見た感じ彼らは使えそうかい?」
「陽動兼盾としては十分だと評価しました」
格パーティーの評価や実績などは既に調査済みで、二度の面会で人格面にも問題は無いと判断した結果であった。
「ならそっちは計画通り事を進めて大丈夫だ。教会も明日には到着するだろうって連絡があったから出迎えはそっちに任せる」
「かしこまりました」
彼らは誰も予想だにしなかっただろう。依頼遂行の主戦力が自分らでなく別に居るなどと。
「それじゃまた次の定時連絡で。期待してるよ、僕の影武者くん」
膝を付いたまま彼女は頷き、箱は停止した。その後、彼女は再び静寂が戻った部屋で今回の騒動に巻き込まれた冒険者達を哀れに思い人知れず詫びたのだった。
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