二章 港湾都市編
第18話 奇妙な依頼
※主人公は暫く留守番です。
カルタゴ王国の北に位置し、ジュルナール辺境伯が管轄する港湾都市アルマース。他国との貿易担うこの街は数多くの人種が店を構え又は訪れる賑やかな場所だ。そこに仕事から帰って来たばかりの私たちにある依頼が舞い込んだ。
「一つ。君達の腕を見込んで、とある厄介ごとを依頼したいんだ」
夏も終わりを迎え肌寒さを感じ始めたこの頃、なんの前触れもなくソイツはやって来た。
「この事は内密にね。それと返答の方法はさっきのマッスルなおじさんに伝えてあるから。それじゃ、宜しくね!」
唐突で頷くことしか出来ない私たちに言いたいことだけ言って直ぐに出て行ってしまうとは、あの噂に尾鰭は殆ど付いていなかったらしい。
事が事なので私たちの今後のスケジュールは全て再調整しなければならないのだが、その前にしないといけない事がある。
それは————
「あのチビ王女ッ!ふざけやがってぇ!」
ジョッキを叩き付けながら絶対に人前で言って欲しくないことを大声で吐き出す男。日頃から剣を振るうための腕力を使ったせいか残り少ない中身が外に飛び散ってしまう。
「言われちまったからにはやるしかない。それは分かってるだろう?イラつくはウチも一緒だから気持ちは分かるけどさ」
テーブルに溢れたビールを布巾で拭き取り男の暴言を諭す黒髪を後ろで結んだ女。彼女も仕事先で新調したばかりの弓を打つのを昨晩から楽しみにしていたのだ。
「だってよぉ!今は稼ぎ時なんだ。このチャンスを逃したらユーリだって困るだろうが!」
「え⁉︎いや私は全然、気にしてない、です…」
「…クソがッ!なあやっぱり断ろうぜ?今からなら遅くはないって」
確かに、あの王女は権力で無理矢理人に言うことを聞かせたという話はない。ただ王族の頼みを断るのは外聞が良くないので、断るケースが滅多に起こらないというだけなのだが。
「なんだいカイル。今日はやけに怒ってると思ったら、自分の為じゃなくてユーリの事を心配して怒ってたの?」
「べべッ、別に違ぇよ!」
「へぇ違うの?最近は2人きりになるとよくお洒落な店に飲みに行く仲だったくせに」
「な——!?」
否定せず顔を赤らめた二人を見て分かる通り、私の知らぬ所で二人は仲間以上の関係になりつつあったらしい。この5人で結成してからもう4年近くになるし、中からそういう関係を持つ者が出てくるのは可笑しな話ではない。それに異性関係のトラブルで解散してしまうパーティーもあるので、こういう健全な付き合い方なら心配はない。
「そ、それを言うならそっちはどうなんだよ!リズとリーダーもよく二人で居るじゃねぇか!」
「……私はパーティーの資金の調整とかスケージュールの管理をリーダーと相談してやってるだけ。ああ、あと誰かさんが使ったデート代を立て替えたりもしてて忙しいんだよねー」
「—うっ。…ごめんなさい。ありがとうございます…」
「良いわよ。私も仕事の時はアンタを頼りにしてるんだし。感謝するならちゃんとユーリのこと大事にしなさいよね」
深掘りされるのを恐れて話の方向をずらしたら思わぬ反撃を喰らい撃沈するカイル。リズと私はカイルの言う通り宿屋に残り一緒に居ることは多いが、残念ながら2人のような甘酸っぱい関係は築かれそうにない。
それに私たちは幸運に恵まれ誰一人欠けることなくやって来たが、それでも危険な仕事に変わりはない。実際に周りでそういう経験をした者たちを見た身としては、無くした時を想像して踏み出すのを躊躇ってしまう。なので二人が正式に付き合う事になるならこのパーティーは自然と解散の道を辿るだろう。
「よし。カイルのイラつきも治ったことだし、そろそろ方針を決めたいんだけど。リーダー、さっきからウチらの会話に入らず黙ってるって事はあの依頼を受けるつもりなんだろ?それどころか無理にでも首を突っ込もうとしてる。違うかい?」
「はあ?正気かよ!」
…どう言うか黙って考えていたのが裏目に出てしまったようだ。アンナはいつもメンバーのことをよく見てる。それでいて気遣いもできるからこそこのパーティーはここまでやってこれたのだろう。
「そうなの?反対するつもりは無いけど、そこまで魅力はないように感じたわ。それどころか怪し過ぎて怖い」
「そうだぜ。何が”部下の怪しげな儀式を止めるのを手伝って欲しい”だ。そんなのご自慢の兵隊どもに任せりゃいい話だろが」
「報酬金は弾むってあの王女様は言ってたけど、その依頼で誰かが居なくなったらって考えたらとても怖い、です…」
各々があの依頼に対する気持ちを吐露する。だが、それでも私は受けようと思う。いや、受けなければいけないと思った。根拠の無い、ただの勘にすぎないこの胸騒ぎがあの話を聞いてから治ってくれないのだ。
この依頼は私たち、いや王国全てを巻き込んでしまうほどの事件になる、と。
「私はこの依頼を全力で受けたい。…だから皆んな。私の判断をどうか信じて欲しい」
こうして私たちはこの奇妙な依頼を受けることとなった。
そしてこれは私の冒険者として最後の依頼になるだろうことは、皆んなには伏せておくことにしたのだった。
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