第14話 願いは自分の言葉で

 まず言っておくが、ジキルの料理は予想以上の出来で最高だった。


 主な食材は船の備蓄から、足りない物はこの生き物の見当たらない筈の摩訶不思議な島から良さそうな物を選別したらしい。


 足りない物だらけだったであろうこの島でまさかフルコース料理を作り上げてしまうとは、俺もビックリして何かのドッキリなのではと疑ってしまったものだ。


 まぁ…そんな事はどうでも良い。問題はその調理方法である。キッチンも水道だって無いのに素材と道具だけではあんな上等な品を普通なら作る事は出来ないだろう。


 そう、であれば。


「今宵私が腕によりをかけました”魔導フルコース”。今までの一般的共同魔術調理ではなく初の並列魔術調理です。全7品。魔力路損傷なし。所要時間5時間弱。もはや人類では扱えない技術です」


前菜オードブルは?』


「魔力干渉により収穫時の鮮度を維持」


肉料理ヴィアンドは?』


「魔力路を通して筋繊維をほぐし柔らかに」


デザートデセールは?魔術か?錯覚か?』


「魔術にて幸運をもたらす虹の雲を再現」


『パ、パーフェクトだ、ジキル』


「感謝の極み」


 動揺のあまりふざけてしまったがこれに驚かない方が可笑しいだろう。


 転生してここ数日、この世界が異世界だと決定づけるものがまだ見つかっていなかったにも関わらず俺がそう思っていたのはいつもの楽観的思考悪癖によるものだ。


 ジキルとの接触で得た存在しない記憶からそのような物がある事は知っても、やはり夢は夢のままで現実にはならないと心の何処かで諦めていた。


 だが、そんな夢を現実だと確定付ける光景を目の前で見せられては誰であろうとこの事実を認める他ない。


 此処は人の夢! 人の望み! 人の業!


『“異世界ファンタジー”は、実在する‼︎』


 やっぱりファンタジーは無いのかとずっと心の底でざわざわしてたが、存在を確認出来て安堵と共に興奮する気持ちが湧き上がる。


 異世界に目覚めてから本当に長かった…。初っ端テンプレなチートもステータス表示も無しにサバイバルを強制され、前世含め初めての野宿を体験して今日俺は此処までやって来た。


 そして魔法が目の前に現れた。ならばやるべき事はただ一つ!


『ジキルさん、頼みがある…!』


「何なりとお申し付けください。この身はただ御身の為にあります」


『頼む!俺に魔法を教えてくれ!』


「…………!」


 誰かが言った。魔法が使えれば、魔法さえあれば、と。そんな幼い夢を誰もが一度は思い描き、そして誰か又は何かしらに否定され忘れていく。


 人気者リアリストが勝って嫌われ者憧れた者が負けるなんて悲劇だ。


 何が正義現実だ!何がだ!結局は多数派の意思によってが殺されていくだけだ!許せん!理不尽だ!


 俺は怒っている!ただわからせてやりたいんだ!弱者の一撃を喰らわせてやりたい!


「………………」


 俺のふざけながらも真面目なこの熱意を感じ取ったのかジキルは黙り込んだままだ。


 ならばもう一押しだ。興奮した思考の中、次の言葉セリフを模索する。


 そして続けて返事のないジキルの前に手を差し出し説得する。


『あの日から俺はずっと嘘をついていた。

生きてるって嘘を。夢も嘘、趣味も嘘。

嘘ばっかりだ。全く変わらない現実に飽き飽きして。でも嘘って絶望で諦めることも出来なくて。だけど手に入れた。チャンスを。だから…!』


 全身全霊で前世で見たアニメの名シーンの丸パクリの懇願を披露して頭を下げる。


 返事は無い。だが漂う雰囲気でジキルが苦悩しているように感じる。


 そして…ゆっくりと重たい動きで頭を下げ始めた。


 手を差出した相手に対して頭を下げる行動に意味は一つしかないだろう。


 即ち、ジキルの回答は———




「申し訳ありません。ご主人様」


 この刹那、俺の夢は再び敗れたのだった。

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