第11話 後悔する用意

 努力の天才。


 私の出生を知った者の多くはこの言葉を送った。


「あの子の天才だわ!」

「あいつは将来、上に立つ人間になる」


 親は子の将来に期待し多くを与えた。それは知識や技術、あるいは愛情であった。


「なんでそんなことも出来ないの?」

「⬛︎⬛︎⬛︎くんは出来てたわ」


 ある日、村一番のやんちゃものであった子が姿を消した。




「私は君を推薦しようと考えていてね。どうかな、王都にある私の母校の大学に入学しないかい?」


 この村に隠居して小さな学校の教師をしている老人は卒業を間近にしていた私に提案した。


 王宮である役職に着いていた男に子が推薦されたと知ると親は満面の笑みを浮かべ私を強く抱擁した。


 その夜、学校で才女と称えられていた少女は息を引き取った。




「ありがとな!今度学食を奢らせてくれ!」


 ハキハキと笑顔の眩しい先輩は少し手伝いをしただけの私にそう告げて忙しそうにその場を去った。





「ねぇ⬛︎⬛︎⬛︎くん。この所がわからないのだけど…」


 前髪で片目が隠れ、目元のそばかすが目立つ少女は空いた時間によく私を頼った。




「よく思い返して欲しい。自分の行動が自分の思惑とは別の所で働いていないかを」


 そう言いった日から切れ目の少女は私のことを訝しみ、行動を見張るようになった。


 


 誰もが私を勤勉な人間だと評価した。


「何かあったら気にせず俺に相談しろよな!」


 誰も私との関連性を立証することはなかった。


「怖いよね。昨日までそんな素振りなかったのに。…私?大丈夫だよ⬛︎⬛︎⬛︎くんが仲良くしてくれるから」


 誰も私の障害になり得なかった。


「あなたが何かしているようには、見えない。でもここ数日、あなたには幾多か不可解な行動があったのは事実よ」




 人は私の持っているモノを勘違いしている。

 確かに必要なら努力は惜しまないし、怠ることもしなかった。

 だが本物を見続けた私には分かる。


「君は神童でもなく秀逸という訳でもない」


 ある日突然、呼び出しを受け言われた通りの部屋に入った途端そんな言葉を告げれた。

 

「君の待つ能力は確かに高い、が。この目で見てハッキリしたよ君は僕が欲していた人材だ」


 こいつが誰なのか。そんな疑問は一目見ただけで分かった。

 

 この国に住む者なら誰もが知っている笑い話がある。

 女に産まれながら王座に座る事を宣言した稀代の変わり者。自身の我儘を貫き通す台風の目のような変人。されどその美貌は数多くの貴族を虜にし骨抜きにしたという。


「僕は君の抱える才能に活躍の場を用意したい。だから返事が欲しいんだ、ハイド君?」


 やめろ…、やめてくれ。私の名を言うな。


「その二面性は君にとって呪いに思えるだろう。だが、僕なら変えられる」


 何故…、今更!誰も気づきはしなかった。あの日、消す選択を容認した私を裁いてくれる者は居ないと、誰もヤツを止めることなど不可能なのだと諦めたあの日から。


「僕が認める。僕が決める。僕が命ずる。君は君のまま、僕に委ね頼れば良い」


 その声はどんなに強く耳を塞ごうとも水のように私の中に入ってきて、とても甘く、私の脳を揺さぶった。


「もう大丈夫、僕がいる」


それは私の人生における最初の転換期であった。






 そして第二の転換期は唐突に訪れた。


 座礁した船を拠点にこの島について調べていた私の元にソイツはやって来た。


 壁越しの音から察するに、足取りは素人そのもの、だが気配を消すこともせずズカズカと船に近づくソイツに私は異様な緊張を感じていた。


 しかし戻らなければいけない。私は殿下の元に帰らねばいけないのだ。


 だから接触してしまった。


 後悔するには遅過ぎた。


 崩れていくのが分かる。


 奪われる…忘れてしまう…

 

 無視すればよかった。

 

 過ぎ去るのを黙って待っていれば…




 あぁ……、あんな人外の化け物になど関わらなけれ、ば……

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