第8話 吹けよ風、登れよ人外
『…………あ、ああ、やっとか、ようやく俺は、登ってぇ…パタ』
———最初は順調だった。
だが途中から足の踏み場がない程に生い茂る草木に阻まれ、時にはどう考えても登れない崖にぶつかって迂回したり。
そんなこんなで日は落ち、登山初日は山の中腹で野宿することとなった。当時の俺は登山道のない山を舐めていた事を後悔したが、諦める程ではないと思い翌日も続けて登った。
しかしその日は昼過ぎから天候が荒れ始め、強風が襲い掛かった。ただでさえ細くて軽い体なのにゆとりのある白装束を着ている俺は風の影響をもろに受け、吹き飛ばされないように踏ん張るのが精一杯だった。もう今日の分は切り上げて物陰に逃げようと体の向きを変えた途端、狙ったかのような強い風が体を掬い上げ俺を山の麓へと投げ飛ばした。
はっきり言って終わったかと思ったが、流石は人外。転げ落ちる瞬間に無意識で肉体の痛覚を遮断したが、普通は骨が折れるであろう衝撃を全身にくらい、頭を打ったのか気を失った俺が目覚めた時には傷は一つも見当たらなかった。
俺の体が硬かったのか、それとも再生力が異常な程に早いのか。痛いのはするのも見るのも嫌なので確認することはできないが、俺はこの体になった事をひたすら感謝するばかりだった。
——諦めるべきなのでは?
そんな考えが頭をよぎる。振り出しに戻ったのだから繰り返しても無駄かもしれない。だが、得たものはあった。それなら出来るまでやるしかあるまい。
これは別に俺が登山に失敗して悔しいとか、風に吹っ飛ばされたことに復讐心に近い怒りを抱いた異常者だとかそういうのではない。
その後、俺は朝が来るのを待ってから再び登り始めた。泥濘みに足がハマって動けなくなったり、今度は本物の洞窟を見つけたので探検気分で寄り道したら丸一日迷子になったりと色々あったが、俺はやり遂げたのだ。
『ああ…、綺麗だ…』
苦労を労うように水平線に沈む太陽がオレンジの光を俺に見せる。頂上から見た景色のあまりの美しさに涙が出そうだ。そもそも流す目が無いのだが。
転生し人外の身となっても人の心が残っていることに安心感を覚えると同時に、俺は違ってくれと最悪の予感が外れることを願いながら地平線を探す。
『ない…!地平線が、ない!』
山の上から見渡せば街なり道なり見つかるかもと思っていたが、この結果は予想外だった。
『ここ島じゃねぇかああ!!!』
俺は思わず手を顔に突っ込んで考えるのをやめた。
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