第2話
(本当に何で僕あそこで頷いちゃったんだろう...)
四階の1年D組から一階の学園長室までの階段を背中を丸めながら下りている中いまだに先程頷いてしまったことを後悔している。
(僕は本当にただの学園生活を送りたかっただけなのに...)
学園長室を訪ねてしまったら、本当に一か月のあの教室への滞在が決定してしまうようで職員室と学園長室の間の壁に向かって文句を言い続けていた。すると丁度職員室から教師が出てきて何しているんだろうこの子はという顔でこちらを見て不思議そうな顔をしているのが気まずくて学園長室のドアをノックした。
(頷いてしまったけど、ルール?の説明の前にもう一回公欠扱いの方にしてもらえないかお願いしてみよう)
「お願いしますよぉ!!」
ドアをノックして何だか不思議な雰囲気のする学園長室に通され、学園長にどうぞ座ってくださいと言われた席に座ってからすぐに公欠扱いにしてもらえないかというお願いをダメ元でしてみた。そうしたら向かいの席に座っていた学園長がいきなり移動してきて、いきなりこちらの足にすがるような格好になり、もう書類がぁとか、手配の方がとかなんだとかいろいろ上記のような言葉をスーパーで駄々をこね出した。
成人男性が一生徒の足に縋りつく体制になっている状況と、先程もずいぶん慌ただしい先生だと思ったがここまでおかしな人だとは思わなかったことによる落差が大きくて思わずドン引きしてしまう。
「腕輪の色も一色増やしておきますから!!ね?ね?」
本当にお願いしますよぉ、とさらに声量を上げて騒ぐ学園長。何故ここまで駄々をこねるのかは分からないが、そろそろ大声で耳が痛くなってきた。
「分かりました!!分かりました!!一か月なんとか頑張りますから!!」
と返したことでやっと学園長が静かになり、
「そうですか!ありがとうございます!!」
とにこやかに向かいの席に戻った。もうここまで変化があるとだんだん驚かなくなってくる。
「それでは守っていただくルールについて説明しますね」
「はい。」
もうさっさと説明を受けて教室に帰って昼ごはんを食べたい。
「ルールはたったの三つ」
「その一、教室内で腕輪を外さない事」
「その二、教室内で襲撃などのことを話さない事」
「その三、教室内で起こったことを口外しない事」
先程ぎゃんぎゃん騒いでいたのが嘘のように静かな声でルールを読み上げる学園長。
「で、これがつけてもらう腕輪です」
学園長はコトリと音を立てて箱に入った腕輪を机に置き、どうぞと手を腕輪の方に向ける。ご丁寧に蓋を開けて置いてくれたおかげで見えるその腕輪は二色が混ざりか勝っているような宝石のついた腕輪だった。
「これがないと下の避難場所に入れません。そういう意味での一つ目のルールですので、学校から帰る際に学校に置いていってくださってもかまいません」
絶対に無くさないようにしようと心に決め、貰ってすぐの腕輪を左腕にはめた。
「二つ目に関しては簡単です。いくら襲撃されても、何があっても撃退された後は何があっても普段通り、あくまで“普通”に過ごしてください。」
「え?」
あんな事が起こるのにそれはちょっと無理ではないだろうか。
「申し訳ないですが詳しく言えることはあまり言えません。でも、ただ普通に、授業後の雑談をして、次の授業の準備をして、間食をして、そんな感じで過ごしてくれればいいんです。襲撃のこと、普通ではあまり起こりえない事を教室内で話さないでいてくれれば、それでいいんです。」
確かに学園長の言っていた前半部分は僕の望む学園生活と同じだ。でも、
「ただ、どうしても襲撃に対して話したい事、聞きたいことがあったらクラスの中で あなたに渡した腕輪と同じ腕輪で、宝石の色が四色の物を付けている生徒が六人程いるはずです。その生徒たちに話してください」
それはちょっと難しいかもしれませんと言おうとするのを遮って学園長が話す。その話を聞いて、まぁ一か月だし、それに三十人程度のクラスに六人もいるなら、五分の一だし、案外何とかなるように思えてきたので「分かりました」と返事をする。
「最後に関しては一番守っていただきたいというか破られたら私の首が危ういので、契約書がここにあります。契約内容である、『教室内で起こったことを口外しない』が破られた瞬間にその話をした相手、話した本人のあの教室内で起こった襲撃などに関する記憶が消えるというものです。その他には一切の影響はありません」
契約書を左手に持ってここに、このペンで名前をお願いします。と空欄に指を指している学園長。
「え?いやあの記憶を消すってどんな感じで...?」
契約書よりも何よりもそれがまず気になった。
「それはーその。こうチョチョイと」
目をそらしながら契約書を持っている手とは逆の手で人差し指をチョチョイと動かす。
「絶対何か変なやつじゃないですか!!!!嫌ですよ!!」
あまりにも怪しい。
「いや、本当に変な物とかではないんですって!!他の記憶に影響はないですし、何より言わなければいいだけの話なんです!!ちょっと記憶の消し方があなたには話せないだけで!!」
「大丈夫ですから!!ほら!!」とか言いながら僕に万年筆を握らせてまで書かせようとしてくる学園長。
「いーやーでーす!!!」
良く分からないものにサインをしたくないに決まってる。
「あーもう!!!あの教室にいる人は全員契約してます!!だから大丈夫ですって!!!全員分の契約書をお見せしてもいいですよ!!ほら!!」
学園長がもう何か若干逆ギレのようなテンションになってしまっている。いくら変なことばっかり起こりすぎたからといって意見をころころ変えすぎてしまっただろうか。
「あ。」
学園長が持っている契約書の束の中に先程戦っていたクラスメイトの名前が書かれた紙があった。ただ彼らの契約書は他の契約書と違って、契約書の文の量が他の契約書とは明らかに違っていて名前を教えてもらったこともあってかやたらに目についた。
(物騒だったし、アニメでしか聞いた事のない銃声は怖かった。)
先程の出来事を思い出す。飛んでくる弾丸にも臆さず、恐怖で顔を引きつらせている自分とは違い、いつものことだと顔色一つ変えることなくただただ侵入者に容赦のない制裁をくらわしていた級友達。
きっと今回見た撃退と遠くない昔に自分に振るわれたそれはしようと思えば同じ力という括りにできるんだろう。でもそれでも彼らは昔のあいつらと比べ物にならないほど、かっこよくて強かった。
「...」
どうしたらあそこまで自分と同じ高校一年生が強くなれるのか。
「ほら、これは出席番号17番の佐藤くんのものです。彼も大変なビビりで、初めて侵入者に遭遇した時なんてもう死ぬんだと喚きながら「他の人を殺してもいいんで自分だけは」と侵入者に対して懇願を」
学園長は今だにきっと僕に似ていると思ったのであろう生徒が契約書にサインしたという話をしている。
(もし、今回この怪しげな契約やあんな物騒だが強い彼らのいるクラスに一か月いることから逃げなきゃ少しはあの時から変われるだろうか)
「...します」
あそこにずっといる気はない。
「しかも彼ったらその後...え?」
人に話したら何が起こるか僕には分からない。でも、話さなければ何も起こらない。それにもしかしたら僕もあそこにいることによって少しだけ変わることができるかもしれない。それなら一か月だけいるのも悪くない。
「サインします。」
「!」
いきなりサインをすると言い出したから驚いたのか目をぱちくりさせている学園長。
「ここにこの万年筆で名前を書けばいいんですよね?」
目の前に置かれていた契約書を指さして尋ねる。
「え、えぇはい。お願いします。」
万年筆をあまり握ったことが無かったので慎重に自分の名前を書き入れ、インクが垂れ無い事を確認して、学園長へよろしくお願いします。と手渡す。
「はい。えーっと。これで大丈夫です。」
いきなりのことに驚きながらもちゃんと名前が記入されている事を確認する学園長。
「他の避難場所への逃げ方であったりは先ほど言った四色の腕輪の生徒に聞いてください。もう教室に帰ってもらって大丈夫です。ありがとうございました」
時間を取ってしまってすみません。と付け足す学園長に軽く礼をして、失礼しましたと学園長室を出た。
「おはようございます。」
学園長室を出てすぐ教師に挨拶される。どこか焦っているようにも見える右耳にピアスをつけたその先生は朝に挨拶をしてくれた先生と同じ人物だった。
「おはようございます」
もう昼間なのにおはようございます?と思いながらも挨拶を返すとその教師はすぐにどこかにいなくなる。
(.........忙しそうな先生だな)
なぜか少しぼーっとしてからそんな感想を抱く。
(にしても一か月って案外長いよなぁ。大丈夫かまた不安になってきた)
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