5-3. 地下の子供たち(異聞)

わたしには名前がない。誕生日もわからない。物心ついた頃には孤児が集まる施設で暮らしていた。そこではたくさんの同じような孤児がいて、施設で一番偉い園長とその次に偉い主任と、面倒を見てくれる先生と呼ばれている大人たちに囲まれていた。そこで呼ばれていた名前があるはずだけどわたしにはどうしても思い出すことができなかった。

ある日、園長の部屋に呼ばれたわたしは、園長の膝の上に乗せられ、本を読み聞かされていた。園長は本を読みながらわたしのお腹を触り、次第にその下の部分も弄ってきた。わたしはこの行為の意味がわからなかった。意味はわからなかったが心の底から嫌な気持ちがした。

そのことがあってから主任も同じようにわたしを呼んでは服を脱がし、股を開かせるようになった。彼らの陰部を舐めさせられ、帰りに飴を渡されるようになった。

彼らはわたしの体を弄るとき、いつも決まって、声を出すな、誰にも言うな、黒髪の魔女が現れて攫っていくぞ、と脅した。

施設に来てから10年近く経った頃、行為の意味も少しずつわかるようになり、耐えきれなくなったわたしは意を決して女の先生に打ち明けて助けてほしいと伝えた。

その時先生は、汚いゴミや虫を見るような目でわたしに言った。

「親が淫売なら子も淫売ね」

その先生は主任のお腹をナイフで刺して警察に捕まった。

そのことがあって、ある日の晩、わたしは年上の男の子たちにレイプされた。5人の男の子がかわるがわるにわたしを犯し、その日から夜呼び出されるようになった。

女の子たちはわたしのことを「売春婦」と呼ぶようになった。気付いたら自分の腕を酷く噛むことが増えた。血が口の中に入り、生臭く感じた。すぐに腕は噛み跡だらけになった。

ある日、色々なことがどうでもよくなり、わたしは目の前に出された誰かの股間を噛み切った。それが園長だったのか主任だったのか、あるいは他の誰かだったのかはわからない。誰だったとしても何も変わらない。わたしはそのまま施設を飛び出して、気付いたら着の身着のままで裏通りにいた。そこは売春婦が商売する通りだった。そこで薄着の女たちに厄介そうな目で見られ、脳裏でかつて女の先生に言われた言葉が蘇った。

「親が淫売なら子も淫売か」

この通りのどこかに自分の親がいるかもしれないとは思わなかった。わたしが思っていたのは、この先も同じことが待っているなら、魔女にこの世界を壊してもらうことだった。それが叶わぬならもう死んでしまいたい。どうして魔女は現れてくれないんだろう。そう思ってたときに地下の子供たちに出会った。殆どが自分よりも年下だった。そこで暮らすうちに自分が頼られることが増えていき、少しずつだが死にたいという気持ちが薄れてきた。男女を問わず、自分と同じような目にあった子も多く、夜になると泣き出す子や自分を傷つける子も少なくない。実際に死んでしまう子もいたし、いなくなった子もいる。そんな中で自分には一応の役割がありそれを果たすことは嫌ではなくなっていた。ただ長袖の服だけ着続けた。それは腕の傷のことではなく、通りに立つ薄着の母親のことを考えてしまうからだった。

そんな時にあの子が現れた。

黒髪の少年だ。

幼いながらに、悪いことをするとこの世に現れて災いを起こすと聞かされた存在だ。

その髪色を見たとき、周りの子供たちの反応とは違ってわたしの心は踊った。ついにこの世界が終わるときが来たんだ。めちゃくちゃにしてくれる存在が現れたんだ。そう思ったが実際は自分よりも多い傷を抱えて足を引き摺って歩く、話もできない無力な少年だった。

正直言ってがっかりした。早くいなくなってほしかった。だから急に現れたおじさんに押し付けることができたときはほっとした。その子を前にすると否応なく、自分が待ち望んだ存在が無力で、もうこの先自分の望みは叶わないことを突きつけられた。だがこれでもう見なくて済むと思って安心したのだ。

だが、あの子がおじさんと去った今、こう思っている。

やはりあの少年は魔女なんじゃないか。魔女だって初めから強いのではなく、世界に対する憎しみや嫌悪を溜めて成長して強くなるんじゃないか。そしていつかこの世界を崩壊に導いてくれるんじゃないか。

そうだったらいいな。わたしは今、幼い孤児たちを泣きやましたり、その日の食糧を漁りながらそう思っている。いつかその世界が終わる光景を見るために今はまだ長袖の服を着て死なないでいる。

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