3-1. 邂逅と別れ

クルトの部屋の窓から見える練兵場の奥に帝国軍の大部隊が陣を取っていた。周囲に設置していたはずの金網は撤去されてしまったようだ。

「なぜ監視からの連絡がないんだ?哨戒は機能してないのか?」

座り込んだままクルトはたずねた。

あんな大部隊、見落とせという方が無理だろう。

「それが、ゲートや監視塔などとは少し前から連絡が取れません」

既に小隊単位の部隊が入ってきてるのか。

それにしても、あまりにも唐突過ぎる。

どうやって現れたのか皆目わからないが、鼠一匹とて漏らすまいとする布陣に見えた。

「…りょだ」

座り込んだままクルトは呟いた。

「何ですか?」

部下が聞き返した。

「捕虜を使って交渉するしかない。おい、お前、今すぐ収よ…」

喋っている最中に爆発音のような音が響いて部屋のドアが倒れた。床に倒れたドアを踏みながら帝国軍の小隊が銃を向けて入ってきた。

「壁を向いて両手を上げて跪け!」

その内の一人がクルトに銃口を向けて怒鳴った。

部下たちは半分泣き顔になって両手を上げ、膝を付いた瞬間に上げた手を背中に回して手錠をかけられてうつ伏せで寝かせられた。そこまでほんの一瞬だった。流れるような動きで制圧し、全く無駄がなかったが、クルトには全て現実感のないスローモーションに見えた。

部下たちを制圧し終えた兵士たちも含めて自分を取り囲み、口々に叫んでいる。

「そのまま両手を上げろ!」

そうだ、私の銃はどこだ。座り込んだ床に目を向けて銃を探した瞬間、銃は帝国兵士に蹴られて遠くへ飛び、同時に頭部に強い衝撃を感じて床に押さえつけられた。どうやら何かで殴られたようだが一瞬のことでよくわからなかった。そのまま手を背中に回して手錠をかけられてから、ようやく頭部の衝撃が痛みとして感じ始めた。それでもクルトは現実感を感じることができていなかった。何が起きているかはわかっている。ただそれがたった今自分に起きていることだと認識することができなかった。まるで何かのお話を聞かされているように感じた。

クルトたち皇国の兵士は両手を背中で拘束されたまま、両わきを兵士に抱えられて起き上がらされた。帝国の兵士は人形でも扱うように軽々と持ち上げた。

クルトが起き上がったとき、窓から、練兵場に虜囚服を着た捕虜たちが現れたのが見えた。おそらくこの部屋に現れた小隊同様に本隊に先んじて入った部隊が解放したのだろう。周囲を警戒する帝国小隊に囲まれながら捕虜たちはもはや隠れることもなく堂々と帝国軍に迎えられていた。

どうしてこうなった。

クルトは自問していた。

それに対する答えは出なかったが、今朝から降りかかった数多い疑問の中の一つに対しては答えを見つけることができた。

拘束されて部屋の外に連行される際、こちらを見ている帝国兵士の中に見覚えのある顔が見えたからだ。

「カール、この野郎…」

クルトは怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にさせて唇を震わせながら呟いた。

「クルト大隊長殿、おはようございます」

部下たちは呆気にとられて言葉も発せずそのまま連行されていった。

クルトは両腕を帝国兵士に掴まれたままもがこうとした。帝国兵士の力は強く動けないが話すことはできた。

「いつからだ、いつから帝国と繋がっていた!」

「いつから?私は初めから帝国兵士ですよ」

両脇の帝国兵士に歩け!と怒鳴られるがクルトには聞こえなかった。それほど衝撃だった。

皇国の軍属は入隊時に規定の身元調査を行う。だかこれだけでは一定の階級までしか上がることはできない。クルトやカールのように重要情報に触れる階級の者は更に徹底した調査と確認が何重にも重ねて行われる。経歴や身元は白くなくても良い。ただ明らかでなければならない。だからクルトのような獣人に対する嗜虐趣味があっても大隊長になることはできる。だが経歴、背景、行動に曇りがある場合は徹底的に洗い出されてふるいにかけられる。それが機能せず帝国の兵士を幹部として重用していたとは考えにくい。

「貴様、本当は何者だ」

「私がカール・イェルクでないことは確かですが今それを聞いて何になるんです?」

愕然としながら部屋から連れ出されるとき、カールが再度声をかけた。

「あなたが知っている情報の殆どは私も触れることができました。だからさほどあなたの価値は高くありません。あなたのこれまでの行為を考えてもあなたを殺したいと思っている者はたくさんいるでしょう」

その、これまでと違って冷徹な口調に怒りに震えていたクルトもゾッとした。自分が知ってると思っていたカールはやはり仮面だったのか。

「なのでこれからの待遇にはあまり期待しないことです。それでもヨハン隊長や“あの獣人”のような扱いはお嫌でしたらがんばって価値を発揮することです」

それだけ言うとカールは背中を向けた。その背中には“お前はもう終わりだ”と書いてあった。

〈ヨハン隊長や“あの獣人”のような扱い〉、カールはそう言った。自分の身にこれから起きることを想像させられ、またそれが終わることなく続くであろうことを考えるとクルトの脳裡に絶望感が押し寄せてきた。最早抗う力はなく、両脇の兵士のなすがままに歩き始め、そのまま連行されていった。

カールを含め、クルトの部屋に残った兵士たちは書類の分類や整理を始めた。その内の一人がカールに話しかけた。

「完全に最後ので落ちましたね」

カールはふんっと鼻を鳴らして答えた。

「総じて御し易い男だったよ」

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