2-3. 炭鉱夫の歌

「第九研究所消失す。詳細不明。貴大隊に於いては帝国攻撃に備えられたし。奮戦を期待す」

ショーシツ…クルトはその言葉がどんな意味だったかわからなくなった。焼失?焼け落ちた?実験が失敗して火事にでも遭ったか?そんなばかな。あそこは皇国の技術力の粋を結集した場所だぞ。

クルトは一度訪れた記憶を頼りに巨大で立派な研究所の姿を思い出した。

いくら未曾有の実験を行っていたとはいえあれが火事で焼け落ちるなんてことあるわけがない。とすれば何らかの破壊工作が行われたのか?

「よこせ!」

クルトは連絡官から書面を引ったくるように手を伸ばした。

「第九研究所、消失…消失?」

焼失ではなく消失と書かれている。

「これは間違いではないのか?」

クルトは自問するかのように連絡官に問いかけた。

「私も数回に渡り確認しましたが消失とのみで詳細は…」

ますますわけがわからない。研究所の消失ということがどういうことなのか。研究所というのはある日突然消えてしまうものだったか?

「そんなわけあるか!研究所だぞ、子どもの積み木玩具じゃないんだぞ!巨大な建築物だ!そんなものがある日突然消え失せることなんて」

「大隊長、申し訳ありません、それよりもその先の内容を」

「わかってる!」

そう、問題はこの先の話だ。

“貴大隊に於いては帝国攻撃に備えられたし。奮戦を期待す”

帝国攻撃と書かれている。攻撃していたのは我々皇国ではなかったか。それがいつの間に攻撃を受ける側に回っていたのか。だが前線からの報告に該当しそうな情報はない。今朝の定時報告も入っていて今の前線が崩れたわけではないはずだ。だとすれば参謀本部が独自に帝国の大規模攻撃準備の情報を掴んだということか。ならば最悪、前線に大隊を集中させて時間を稼ぐしかない。

クルトは思考を巡らせて生き残る方法を必死で考えた。

「あの、」

連絡官が口を挟んだ。

「なんだ?」

まだいたのかという気持ちになって答えた。

連絡官はビクッと怖がりながら恐る恐る口を開いた。

「カール副官なのですが」

カール?カールがどうした。そういえばなぜあいつがここに報告に来ないのだ。

「今朝から所在がわかっていません」

「何だと?」

連絡官がヒィッと悲鳴を上げた。クルトは自分でも気付かぬうちに持っていた短銃を連絡官に向けていた。

「今朝から何だって?」

「正確には昨晩からになります!」

「昨晩から何だというのだ!」

「昨晩宿舎にある自室に入られたところまでは確認済みですが、その後部屋から出られた様子はなく、現状所在が不明の状況となります」

「部屋の中は?」

「調査中ではありますが今のところ物色された痕跡や襲撃を受けた痕跡は確認されておりません。普段の副官の部屋の様子と何も変わらないとのことです」

最悪の事態が起きている気がする、だがどうすればいい、それが本当ならもう手遅れか、いや考えろ、考えろ、何か手がある筈だ。クルトは自分に言い聞かせた。

「カールが取り扱える重要書類は?」

「各書類が所定の格納場所から持ち出された形跡はありません」

「大隊長!」

そこに別の部下が部屋に駆け込んできた。しかし、大隊長が蒼白な顔で連絡官に銃を向けている光景に立ちすくんだ。

「何だっ!」

「て、帝国の」

「帝国の何だ?」

早すぎる。いくらなんでもそれはない。嘘だと言ってくれ。

「帝国の旗を掲げた軍が現れました!」

「どの前線だ」

聞くな。話すな。何も言わないでくれ。

「前線ではなく…この駐屯地の…周囲を囲んでいます」

クルトは震える手で自室の窓のカーテンを開けた。そしてそこに見えた光景に力が失せて床に銃を落とし、腰が砕けたようにその場に座り込んだ。

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