1-2. 繋がれた男
「くそ忌々しい」
クルトは濡れた服を着替えてガウンのようなものを身にまとい、顔に包帯を巻た状態で自室で酒をあおっていた。髪はまだ少し濡れていた。酒を口に含むと歯が折れた跡が痛むのか顔をしかめた。
「おい、早くしろ」
びくびくした手付きで部下らしき者が杖を使い宙に陣を描いて治癒魔法を唱えた。杖の先がぼんやりと光り、その光をクルトの顔に照らした。光が顔を覆い、薄い膜を張って消えた。
「まだか?」
「すみません、私は治癒術は専門外でしてこれが精一杯です」
クルトは舌打ちをして、部下に下がれと手でジェスチャーした。そこに扉をノックする音と同時に扉が開き、入れ替わりで別の部下が入ってきた。副官のカールだ。
「参謀本部より伝令が入りました」
言いながら入ってきたカールはクルトのそばまで来て、その姿を見て狼狽した。
椅子に座るクルトの足元で、ボロ布を身につけた者が股間に顔を埋めていたのだ。
「し、失礼しました!」
慌てて背中を向けて言った。
「構わん、こっちを向いて内容を述べろ」
「は、はい」
向き直るときにちらと見ると、足元に膝をついているのは美しい兎の獣人だった。殆ど布一枚の服を身につけていて、布越しに柔らかな体の曲線がはっきりとわかった。
「おい」
「は、はい!」
カールが返事するとクルトが遮るように言った。
「君じゃない」
そのまま兎人の耳を掴んで言った。
「お前だ。続けろ」
兎人は目を閉じて口を開き、クルトの股間にあるものを咥えた。
「それで司令部の伝令は?」
「はい。第九研究所による『トビラのカイジョウ作戦』が成功とのことです」
「おお!成功したのか!」
「はっ!そのように報告されております」
クルトは声を出して喜び、酒瓶から酒をコップに注いだ。
「あ、あの大隊長殿」
「なんだ?」
「この作戦はどういったものなのでしょうか?」
クルトは副官をジロッと睨んだ。
「あっ、分をわきまえず失礼しました」
「いやいい、そうだな。君にもこの偉大な成果を教えてやろう」
ちらと兎人の表情を覗いてにやけながら机の上に片足を上げ、椅子の背を傾けてのけぞった。
「作戦は、転移魔法陣の応用実験だ。だが内容は転移どころではない。次元が異なる異界から力をもつ者を召喚する実験だ」
「異界から…それって原初の魔女の森から今のウヌアを切り拓いたとかいう…」
「まあ伝承では超越者の召喚とあるが、私自身は別に信じちゃいない。参謀本部も召喚そのものが目的ではなくこれまでより遥かに高次元のエネルギーを扱うことが可能かという実験の一環だ。もしそんなエネルギーをコントロールすることが可能になれば、今膠着している戦局も一気に有利に運ぶことができるようになる」
そう言うと上官の男は目を閉じて兎人の頭を押さえつけた。
「まったく…あそこの所長は何て名だったか。気狂いという噂もあったが召喚自体を成功させるとはな。おそらく次の作戦も既に展開されてる頃だろう。これで」
兎人の頭を押さえる力が激しくなっている。
「これで帝国も聖王国も黙らせられる。多少押し戻されている前線があるくらいの状況なんてどうとでもなる。もはや勝利は時間の問題だ」
言いながら息を荒げて兎人の頭を両手で押さえ、しばらくして大きな息を吐いて脱力した。途端に兎人の女は頭を股間から離して咳き込んだ。
そちらを見ないようにしながらカールは下がろうとした。
「おい」
呼ばれてびくっとカールは止まった。
「あいつは、叛逆者はどうなった?」
ガウンをだらしなくはだけたまま聞いてきた。
「ヨハン隊長でしたら、」
クルトが机の上の酒の入ったコップを投げつけた。
「叛逆者に軍籍はない!」
「失礼しました!皇国の叛逆者ヨハンは手足の枷を付けたまま帝国の捕虜と同じ房に投げています」
それを聞いてクルトは満足そうに頷きながら包帯の上から鼻の辺りをさすった。
「わかった。今夜は見張りは下がるように言っておけ。それとカール副官」
「はい」
「治癒術をまともに使える者を前線から戻すか、本部に派遣するよう手配しろ。さっきのやつはだめだ。痛みが治まらん」
カールは返事をして下がった。扉を閉じる際に兎人のことが目に入った。よく見ればまだ年若いがその目には光がなく、肌も荒れ、絶望感が漂い、力無く床の上に座り込んでいた。
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