第4話 滝塚市角端埠頭事件―④

【時刻:午後一時半頃 視点:南方昴】


「……あなたは」

「おや、奇遇ですね」


 シニョン・プレフォールズの港区出入口に向かう途中、南方昴は逃げ遅れた人の中に志村針巻の姿を見つけた。女性のものかと見紛う程艶のある黒髪を肩の長さまで伸ばしている。夏だというのに白と黒のストライプシャツに、黒いサスペンダー付きズボンを穿き、黒の革手袋をしている。案の定額からは汗が滲んでいた。

 避難誘導をしつつ、昴は志村に近づく。


「遊園地にいらっしゃるんですね。お一人で」

「占いで、吉報が出ておりまして。ですが、とんだ災難に見舞われました。引退を考えなければなりませんね……」


 志村は口元に手を当てて、考え込む動作をする。昴は訝しんだ。だが、表情には出ない。


「確認ですが、他に逃げ遅れた人はいませんか?」

「私の知る限りはいません」

「でしたら、あなたも避難を」

「わかりました」


 志村は延喜区で入り口の方へ歩き出した。そして、その姿が一瞬歪んだかと思うと消えた。昴は、それが高位の転移魔術。それも自己流で構築された術式である、と感じた。具体的にどのような術式なのかはわからないが、発生した事象が昴の知るそれとは異なる。

 夏なのに、魔術で体温は適温を保ち続けているはずなのに、背中を冷や汗が流れた


「……初めてお会いした時から思っていましたが、只者ではないですね。ですが、今は優先順位が違います。今度じっくり話を聞かせてもらいましょう」


 昴は気持ちを切り替え、港区方面出入口に急ぐ。そこに五秒で到着すると、背中に担いでいたロケットランチャーを撃った。蹂躙だった。深きものどもが築いたバリケードは、南方昴がやってきたのとほぼ同時に吹き飛んだ。残った教団員や深きものどもは銃火器で粉微塵にした。周囲から歓声が上がる。


 制圧が完了したところで、昴は出入口に近づく。シニョン・プレフォールズの港区側出入口は、第三、第四駐車場と隣接している。五つのチケット確認用レーンが設けられており、普段なら客がそこから出入りする。

 深きものどもは真っ先にそこを狙ったようだ。無惨な死体がいくつもレーンに転がっていた。昴はその一つ一つを転移魔術で移動させ、祈りを捧げる。そして負傷者に回復魔術をかけていく。


 その時、昴の耳に大勢の足音が届いた。閉じていた目を開け、そちらの方向を見る。


「昴―!」

「加納さん。それに水戸瀬さん」

「状況は……問題なさそうだな」

「はい。制圧完了しました。ですが……」


 昴は物言わぬ民間人たちに視線を向ける。水戸瀬は渋面で頭をかいた。その間に、警官隊は人員を整理していく。負傷者は延喜区方面入り口から撤退。残る精鋭は運んできた装備を続々と装着していく。


「僕がいながら、これだけ死なせてしまいました」


 加納は物言わぬ死体たちに視線を向けた。酷い有様だ。五体満足でいるのはいい方で、芋虫のように手足をちぎられてしまった者、見せしめのように槍に突き刺され、高々と掲げられたままの者などがいる。

 だが、加納たちの遥か後ろで避難している人々は、確実に昴が救ったのだ。その事実から目を背けてほしくないと、彼は昴に歩み寄る。


「……たくさん救ったじゃんか」

「でも」


 何か言いかけた昴を水戸瀬が制した。同時に加納も彼の方を見る。


「まだ終わっちゃいない、と言いたいところだが、昴。お前は一旦休め。ペース配分したほうがいいって、自分でも言ってたろ」

「ですが」

「後は掃討作戦になる。少し休んでもバチは当たらねぇよ」


 水戸瀬はH&K MP5A5をリロードする。そして昴が何事か言いかけたその時。駐車場の向こう側、角端埠頭と呼ばれるエリアで大爆発が起こった。


「なんだと!?」

「――行きます」

「おい、待てよ昴!」


 昴は閃光のように飛び出す。水戸瀬をはじめとする警官隊、そして加納聖はその後を追った。


                                  ――続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る