第4話 滝塚市角端埠頭事件―②

【時刻:午後一時頃 視点:南方昴】


 南方昴はシニョン・プレフォールズのVRアトラクションエリアを徘徊していた“深きものども“を、液化させた地面に落とした。昴が瞬きする間に、うねる地面は元のコンクリートに戻った。


 神話生物共の末路には目もくれず、昴はシニョン・プレフォールズを駆け抜け、できる限り多くの深きものどもを持ちうるあらゆる魔術で始末していく。

 そして、先行していた水戸瀬敏孝と合流すべく、ウォータースライダーエリアに突入した。




 ウォータースライダーエリアに侵入すると、警官隊がプール周辺に集まっているのが見えた。

 一歩進むごとに、特有の生臭さが鼻につく。プールを赤く染める血の臭いと混じったそれは、一般人なら即座に胃の内容物をぶちまけるほどの酷さだ。


 そんな中、水戸瀬敏孝はH&K MP5A5を用いて深きものどもを射殺し続ける。彼らの繰り出す槍を時にかわし、時に受け流しながら一体一体丁寧に弾丸を叩き込んでいく。

 ぎょろりとした目、つるりとした魚のような顔をした怪物たちは、びくびくと四肢を振るわせた後、動かなくなる。


 水戸瀬はマガジンを交換すると、固まっている警官隊に向かって叫ぶ。


「お前ら、出し惜しみするな! 民間人への被害はこれ以上出しちゃならねぇ! 何としてもあのウォータースライダーで遊んでいるクソ共を根絶やしにするぞ!」


 前線のライフル部隊から怒号が上がる。彼らはプールを挟んで、ウォータースライダーを自由自在に逃げ惑う深きものどもを狙撃し続けていた。


 深きものどもは水棲種族。地上よりも水中の方が強い。大抵の個体は銃弾より早く泳げないが、シニョン・プレフォールズを襲撃してきた連中は精鋭らしい。

 彼らは時折投網で警官を捕らえて引きずっていく。その末路は言うまでもあるまい。


 そして、水戸瀬が本日何体目かもわからない深きものを射殺した時、ウォータースライダーが爆炎に包まれた。そして、プールの水に雷撃が叩き込まれる。

 水面に浮かんだ焼き魚が、数億ボルトの高圧電流を受けてはじけ飛ぶ。プールの水の一部が電気分解されたためか、ガスが立ち込めてくる。


「昴!」

「すみません。遅くなりました」


 水戸瀬の隣に着地した南方昴は、そのまま前に駆けだす。そして、雷撃を生き残った個体をも抹殺するため、プールの水を瞬時に冷凍した。そのまま拳を叩きつけてそれを粉々にする。プール一杯のかき氷の出来上がりである。


 一息ついた昴の下に、水戸瀬が駆け寄ってくる。

 激闘を示すかのように、彼の額には大粒の汗がいくつも浮かんでいた。


「助かったぜ。他のエリアはどうだ?」

「北西の売店があるエリアに、避難した人が集まっているみたいです。その他はほぼ制圧しました」


 水戸瀬の方を見ることもなく、周囲を警戒しながら淡々と告げる昴。

 それを見て、水戸瀬は一瞬表情を曇らせた。

 そんな昴達の下に一人の警官が駆け寄ってくる。


「報告します! 延喜区方面出入口の確保完了! 避難誘導できます!」


 水戸瀬は手を叩く。昴も息を吐いた。


「よくやった! 掃討をしながら売店エリアに移動。民間人を避難させる。本部に言って特殊部隊出させてもらえ、非常事態だ!」


 警官たちは口々に了解と叫び、移動を開始する。水戸瀬と昴もそれに続く。


「昴、無理はしていないか?」

「問題ありません。ただ、魔力消費を押さえたいので装備を取ってきてもいいですか」

「……ってことは、今回は本格的にヤバい相手か」


 昴は無言で頷く。このシニョン・プレフォールズには、何か暗いものが渦巻いている。昴はそう感じていた。


「少しペース配分を考えた方がいい、という予感が」

「そりゃ当たるぜ。よし、こっちは任せろ」


 水戸瀬は昴と別れて売店エリアに向かう。そして昴は延喜区方面入り口を駆け抜け、待機していた車両に積まれたとある武器を手に取った。


 黒光りする長い銃身。マズルブレーキも完備した、およそ人間が携行することを想定しない反動の銃。

 本体上面のフレームにスコープマウント、前方にキャリングハンドル、スコープマウント後方にリアサイトを備える、通常なら伏せて撃つことしかできない怪物。


「体幹を鍛えるのにちょうどよかったんですよね。もう慣れてしまいましたが」


 華奢な白い指が、重厚なトリガーを握る。ひょいと持ち上げられたそれは、約十三キログラムの鉄の塊。

 バレットM82A1――いわゆるアンチマテリアルライフルである。 


                                  ――続く

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