第4話 滝塚市角端埠頭事件―①
【時刻:正午近く 視点:加納聖】
小規模のスタジアムのような場所。その中心にあるプールから水しぶきが上がった。宙に舞ったイルカが、くるりと一回転して着水する。
続いて、中央のステージでウェットスーツ姿の女性が手を振る。
すると、イルカたちは水面にあったボールを鼻先で持ち上げた。周囲から歓声が上がる。
ここは、過去に新興住宅街のモデルタウンとして発展してきた地方都市、滝塚市。
加納が今いるのは、滝塚市北部に位置する延喜区、及び港区にまたがるテーマパーク、”シニョン・プレフォールズ”である。
水族館と遊園地を合体させるというコンセプトで生まれ、早二十年。今現在行われているイルカショーも含め、客足はそこそこだ。
ショーがよく見える席で、加納聖は自分の隣を見る。本来ならばそこに今日誘った友人たちがいる。はずだった。
「……なんではぐれちまうかな。もう高校生なのに。しかもイルカショー始まっちまったから合流はしばらく先。ま、なったものは仕方ねぇ。楽しむか」
加納は中央のプールに目を向け、左手の団扇を仰ぐ。先程から汗が止まらない。時刻は正午近く。すでにシャツは汗が滲んでいた。
スマートフォンの画面を確認する。ショーが終わったら売店エリアに集合する旨の連絡が来ていた。彼はとりあえずメッセージを既読にしてショーに意識を戻した。
「そういえば、夏希姉とも見に来たっけ。いつ以来だ? ……なんか、楽しそうだったよな」
脳裏に高橋夏希の顔が思い浮かぶ。夏の日差しの下、額から汗を流し、イルカが芸をする度に拍手する、無邪気な彼女の姿が。
「……いつまでも、逃げているわけにはいかないよな」
加納は独り言ちる。そして、ショーが佳境に差し掛かった時だった。
どこかで悲鳴が上がった。同時に、水面から何かがせりあがってくる。そして、客席に岩が降ってきた。
コンクリートが砕ける音、飛び散る血飛沫と肉。会場の全てがあっけにとられた。
「な、なんだぁ!?」
人々が我先にと逃げ出していく。ステージの方で何かが起こっているようだ。しかし、加納にそれを確認する余裕はない。とにかく人垣に飛び込み、脱出を試みる。
「くそ、一体どうなってるんだよ!」
加納達が人垣を抜け、スタジアムから出てくると、陰惨な光景が広がっていた。
倒れている客。泣き叫ぶ子供。逃げ惑う人々は、延喜区方面の入り口に向かう。しかし、すでに人が大勢いるため通ることができない。押し合いへし合いで二次災害が起こっている。
そんな光景を見て、加納は茫然としていた。
「おーい! 加納―!」
「お前ら!」
人込みの中からはぐれた級友二人が駆け寄ってきた。二人とも表情は暗い。加納たちは駆け寄って互いの無事を確認した。
「なんだ、案外近くにいたんだな。他の奴らは売店の方か?」
「そんなこと言っている場合か!? なんかやべぇんだよここ、半魚人みたいなのが人を殺したり捕まえたりしてる」
「半魚人? それはないだろ。武装したテロリストとかじゃねぇの?」
「嘘じゃないって! というか、そっちの方がいいよ。話通じそうだし」
その時、人垣から悲鳴が上がった。三人は思わずそっちの方を見る。
それらは、手に手に槍を持っていた。先が三つ又に別れた、所謂銛に近いタイプだ。そしてそれを、逃げ惑う客の背中に突き刺し、天高く掲げる。最初は痛みに悶えていた獲物も出血と共に次第に動かなくなる。そうでないものは再度地面に叩きつけられて動かなくなった。加納はその光景を見てあっけに取られている。
「あ、あ、あれだよ、半魚人!」
「に、逃げようぜ!」
その時だった。半魚人の一体が泣き叫ぶ子供を発見した。ぺたぺたと足音を響かせ、近づいていく。
同時にカップルが一組、半魚人一体に追われてきた。
「やべぇ、助けないと!」
「加納! いいから逃げるぞ!」
「そうは言ってられるか。喰らえ!」
加納は手近にあったコンクリートの破片を掴んだ。ずっしりとした感触だ。打ち所が良ければ頭蓋骨が骨折するだろう。そして、振りかぶると子供を狙っている半魚人に向かって、それを投擲しようとした。
「あっ」
しかし、コンクリートは存外重く、彼はバランスを崩してしまう。そして明後日の咆哮に投げられたコンクリートが、カップルを追いかけていた半魚人の頭部に命中した。嫌な音がして半魚人が倒れ込む。
「あ、当たった」
「あ、ありがとう! 助かった!」
「あ、いえいえ。ってそれどころじゃねぇ!」
カップルに両手を掴まれていた加納は、それを振り払って走り出す。後ろで友人たちが何か叫んでいるが、耳に入らない。
彼は先程倒した半魚人が取り落とした槍を拾い上げ、走り出す。半魚人との距離はみるみるうちに詰まる。
「うおおおおお! 今度こそ喰らえッ!」
そして槍を突き出そうとした。しかし、長柄物の扱いに長けていない加納は、穂先を思い切り地面に突き刺してしまった。それもかなり手前で。反動で腕が痛む。
そのまま刺さった部分を支点にして、槍がしなる。まるで棒高跳びをするように加納の体が宙に持ち上げられていく。
そしてちょうど地面と垂直の高さまで上がったかと思うと。元居た場所とは反対側、つまり半魚人が今まさに子供を攫おうとしているところに突っ込んでいく。
「うわああああああああああああっ!」
足に鈍い衝撃が走った。捻挫すらしなかったのは幸運としか言えない。そして、足の裏に嫌な感触が走った。ぐちゃりという音が続く。そして骨が砕ける音も。
加納は半魚人の頭に着地した勢いのまま、地面を転がる。そして顔を上げると、そこには頭がぺしゃんこになった死体が。赤いシミが地面に広がっていく。
「お、おいおい……」
加納は思わず後ずさる。その視界に泣き叫ぶ子供が入った。すかさずそちらに駆け寄る。
「と、とりあえずもう大丈夫だ。逃げるぞ!」
加納は子供を抱え、友人たちとカップルの下へ戻る。そして売店エリアに向かって走り出した。
――続く
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