第4話 滝塚市角端埠頭事件―プロローグ

 白いSUVがガードレールに突っ込んで止まった。運転席と助手席はエアバッグで白く染まっている。

 両側のドアが開き、中から人が転がり出てきた。片方は若い男性。もう片方は若い女性だ。

 二人の表情は恐怖に染まっている。


 その直後、三台のハッチバックが彼らの近くで急停車する。運転席から黒いローブを羽織った男が、そして、後部座席からは、飛び出した目をした魚のような男たちが踊り出てくる。


 若い女性、片桐紫苑は背中を押されて走り出した。背後で格闘する音が聞こえる。


「動くな! こいつがどうなってもいいのか!」

「逃げろ、紫苑!」

「お兄ちゃん!」


 紫苑が振り向くと、兄、片桐敦の腕があり得ない方向に曲げられる瞬間が見えた。彼女は恐怖のあまり絶叫する。痛みに悶える兄の声も重なり、周囲には緊迫した空気が漂う。


「に、げろ」

「うるさいなこの男は。やれ」


 ローブを着た男が指示すると、敦を押さえつけていた魚顔の男は敦のズボンの裾を捲り上げた。そしてどこからか取り出したサバイバルナイフでアキレス腱を切断する。敦は悶絶し、絶叫し続けている。


「もうやめて!」

「なら、こちらに来い。巫女」


 片桐紫苑はゆっくりと彼らの方に歩き出した。そして、促されるままハッチバックの後部座席に座る。両脇に座ってきた男たちの、生臭いにおいが鼻を突いた。そして、ローブの男が運転席に座り、車を発進させる。


「我々、ダゴン秘密教団の悲願が果たされる刻だ」


 男の呟きは、唸りを上げるエンジンに吸い込まれて行った。


                                  ――続く

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