第3話 滝塚市九紫ビル事件―プロローグ

 九紫ビルという、滝塚市に存在する雑居ビルの屋上。普段は管理人以外立ち入れないその場所に、三名の男たちが倒れ伏していた。三人とも黒いローブを羽織っており、顔は見えない。

 その傍に、風にたなびく金髪を持つ子供が。その子供は口元に愉快そうな笑みを浮かべている。


「うまく隠れていた方だと思うよ。公安も、君たちのようなあえて小規模な活動しかしないカルトは放置しておくだろうし」


 鈴を転がしたかのような声に、男の一人が弱々しく顔を上げる。他の二人は、すでに物言わぬ状態だ。

 真紅の瞳がその姿を見下ろしている。男は底知れぬ恐怖を顔に浮かばせながら、か細い声で問いかけた。


「貴様……何者だ」

「開かずの間は、君たちが作成した魔術的トラップだった。あれは魔力を吸い上げるための部屋になっている。ぼくが立ち入ったら一瞬でパンクしそうだったから、止めておいたよ」


 質問には答えずその子供は一歩踏み出し、仰々しく両腕を広げた。

 男は困惑の色を隠せない。彼が呆然としているのを先の話に対する肯定と受け取ったのか、子供は上機嫌で話を続ける。


「鍵は魔術的なもので、君たちが所持している。時折部屋を開けていたのは、獲物がかかっていたかどうかを確認するため。中で死んでいても困るから、とかだろう?」

「どうして、それを」

「隠密を重視するカルトが、自分の根城で死体騒ぎが起こることを望むと思うかい? それこそ公安が飛んできてしまう」


 男は弱々しく歯ぎしりをする。子供は口元の笑みを絶やさない。


「外部への連絡手段を用意しているのは、友釣りするためかな? それとも適当な頃合いで脱出してもらうため? ああ、もしも魔術師が引っ掛かった時に、協力者を炙り出すためとかか」


 男は沈黙する。それは子供にとって肯定と他ならない。


「九紫ビルに侵入した生命体を自動でスキャンし、一定以上、かつ用意したトラップのキャパシティを超えない魔力を持つ生命体を強制的に捕らえる。そして適度に魔力を吸収して別の場所に貯蔵する。脱出については先程説明した通り。神隠しのような怪奇現象は起きるけど、人死にはなかなか起こらない。オカルトが好きな人たちは集まるかもしれないけど、公安がやってくる確率は低い」


 男が背筋を震わせた。額には脂汗が浮かぶ。

 先程から何もかもを言い当て続けているこの子供は一体何者なのか。

 底知れぬ恐怖に怯えるように、彼の視線が左右に動く。


「おぼろげながらだけど、このビルに入った瞬間にわかった。どうかな、ぼくの推理」


 男は歯を食いしばりながら立ち上がろうとする。しかし、突如地面に叩きつけられた。口の中を切ったのか、はたまた胃や食道を傷つけたのか、男の口から血が滴る。


「もう少し聞いてほしい。君たちが信奉する神について」


 男が驚愕の表情を浮かべた。突如現れた子供に襲撃され、何もする間も無くやられた彼らは、彼らの信じる神に関する魔術を使う事すらしていない。ヒントは何も与えていないはずなのだ。


「地球から二十七光年離れたフォーマルハウトの光。這いよる混沌と対立関係にあるとも言われている炎の化身。まあ、対立関係にあるかどうかは、本人たちのみぞ知るというところだろうけど」


 男は目をむいた。直接的にその名を言っていないだけだ。正解にたどり着いている。

 その反応を見て、子供の口が吊り上がった。男はその美しさに目を奪われた。そしてそのまま、眠るように息絶えた。

 男たちが動かなくなってから、子供はスマートフォンを取り出した。そして、数少ない連絡先から一つの番号を選ぶ。程なくして通話が繋がった。


「……ああ、瑞牆みずがき? そこに禍火まがつびはいる? いないの、そう。じゃあハーバースでもいいや。死体が三つあってね。魔術師だから手ごろな生贄になりそうだ。誰かに適当に回収させておいてよ。うん? なぜ救わなかったか、って?」


 空を見上げる。雲一つない澄み切った青だ。まるで、この先の未来を象徴するかのように。


「知っているだろう? 異教の徒は改心しないよ、正気が残ってないんだから。確かにぼくは一人でも多くの人類を救いたい。だからこそ、選別は必要だよ」


 子供は一分ほど話した後、通話を切った。そして、男たちが用意していた連絡手段を手に取る。屋上を一瞥すると、誰に聞こえるともなく独り言ちる。


「儀式場はそのままか。放っておいても招来は達成される……じゃあ、使わせてもらおうかな。今日のサンプルはどんな反応をするのだろうか」


 子供はくすくすと笑う。そして、屋上から眼下を見下ろし、このビルが存在する商店街を歩く一人の男子高校生に目を付けた。


「今日はあの人にしよう。やっぱり、直に人々とふれあうことが一番彼らを理解することに役立つ」


 直後、子供は屋上から姿を消した。後に残されたのは、物言わぬ三つの死体だった。


                                  ――続く

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