第2話 滝塚市黄海山事件―④
「大丈夫か! しっかりしろ中島!」
牢屋には似つかわしくない清潔感溢れる白。それしかない部屋で、加納聖は気絶していた中島春香を抱き上げた。
化粧っ気のない端正な顔立ち。食事をとっていないせいか、心なしやつれて見える。服装もロングスリーブシャツにハイキングパンツと、失踪当時のままだ。
何度か彼女の顔を叩いているうちに、つぶらな瞳が開いた。寝ぼけ眼が加納の事を捉える。
「かのう、くん?」
「よかった。無事だったか」
「起きたのでしたら、彼女を警察に任せましょう。他の人はもう行ってもらいました」
折れた格子の向こうから鈴を転がしたかのような声がする。
「ああ。立てるか?」
「うん。ええと、ここはどこ?」
「黄海山の中。詳しい説明は後でな」
加納が中島を立たせようと右肩の下に体を入れた瞬間だった。
中島春香の右腕が、二つに割れた。中から、黒光りする銃身が現れる。割れた腕は細かい変形を繰り返すと、銃身に格納されるようにして消えていく。後には、右腕が銃になった中島春香と、それに驚いた加納聖が残された。
「きゃああああああっ!」
「えええええええええ!?」
前者は悲鳴。後者は驚愕。中島春香は自らの右腕を見て怯えており、加納聖は嫌悪感より憧れが打ち勝ったのか、どことなく羨望のまなざしを向けている。
「わ、わたし」
「かっこいい……」
「どうしました?」
悲鳴を聞きつけたのか、昴が牢屋に入ってくる。その瞬間、中島は何かが切れたかのように叫び出した。。
「見ないでぇええええええっ!」
拒絶の言葉と同時に、昴に銃口が向けられた。突如、電撃が走る。しかしそれは、昴の目の前で魔力障壁に阻まれた。余波で牢屋の壁が吹き飛ぶ。
「あ、ああああああああああっ!」
二発、三発と放たれる電撃は、悠々と歩いてくる昴の足止めにもならない。一方で、三人がいる牢屋はどんどん風通しがよくなっていく。
そして、電撃が止んだ。中島は肩で息をしている。顔面は蒼白で、脂汗をかき、体が震えている。昴は彼女に近づき、首に手を当てる。その後その手を中島の額に移した。
「極度の低血糖症状ですね」
「中島。これ食べろ」
中島は加納に差し出されたスニッカーズを頬張る。そして、昴にもらったココアを飲んで一息ついた。
「わ、私。どうなって」
「落ち着いて聞いてください。あなたは……」
「なんだよその腕、すげーかっこいいな!」
時が止まった。目を輝かせた少年と、きょとんとした少女の視線が交わる。
「加納君、何言ってるの? 私改造されてるんだよ。人間じゃなくなったんだよ!」
「でも腕から電撃出せるじゃん。痴漢撃退とかに絶対役に立つぜ」
「殺人罪が適用されかねませんが」
加納はしげしげと銃身を見ている。全く嫌悪感を抱いていないその行動に、中島のパニックも落ち着いてきたようだ。呼吸が規則正しくなっていく。
「なあ。これどうやったら戻るんだ?」
「わ、私にもわからないよそんなこと」
「多分ここをいじれば……」
昴が銃身のチャージングハンドルのような部位をいじると、中島の右腕は動画の逆再生のように元に戻った。安堵したのか、彼女は大粒の涙を流す。
「よかったよかった。これでまた学校に通えるな」
「よくないいいい! 私この先どうやって生きていけばいいの!」
「中島さん」
昴が中島の右手を取った。白く美しい手が、銃身をその身に隠した腕を撫でる。
「あなたの生き方は、僕たちと探していきましょう。幸い、見た感じではあなたは普通の人間と変わりありません。まずは、この腕の使い方から学んでいきませんか。余計な悲劇を生まないためにも」
「大丈夫だよ、秘密にするから。それに、中島のその腕が必要になるときがいつか来る。そんな予感がするんだ。その時のために、俺と一緒に修行しようぜ!」
中島はまだ気持ちの整理がつかないのか、二人の話を聞きながら泣きじゃくる。そんな彼女の頭を、二人は優しく撫でる。
「もとに、戻せない?」
「戻すの!? せっかく手に入れたのに!?」
「加納さんちょっと黙っててもらえますか」
「加納君の馬鹿! 普通の女子はね、腕が銃になっても何も嬉しくないんだよ!」
「そ、そういうものなのか」
「中島さん。戻す戻さないは後の話にさせてください。今のところ、外見上は元通りです。とりあえず奴らが戻ってこないうちに脱出を」
これ以上できることはない、と理解したのか、中島は頷いた。そして三人は牢屋から脱出し、階段を上る。一旦前線基地から脱出し、外で待機していた警官たちに中島を預けた。
「許せねぇ」
「え?」
加納はこぶしを握り締める。中島春香を目の前にしたときは押し殺していた感情が、怒涛のようにせりあがってくる。昴はその様をただ見つめていた。
「あのミ=ゴ共なんだろ、中島を改造したの」
「ええ、状況的には」
「許せねぇよ。女の子拉致して改造するなんて。それもあんな格好いい武装付けるなんて。人間を人間と思わない行為だ」
昴は加納から一歩下がった。得体の知れないものを見るような目だ。
「あのクソ宇宙人め、よくも中島を汚しやがったな! ぜってぇ許さねぇ!」
「あの。あなた、さっきあの腕格好いいって言ってませんでした?」
「それとこれとは話が別だ! クラスの人気女子汚されて怒らない奴なんて男じゃない!」
「加納さん情緒不安定過ぎません? 一般の高校生って皆こうなんですか?」
ジェットコースターの如く振れる感情のまま、加納聖は洞窟に向けて走り出した。警官隊が止めようとするが間に合わない。
一瞬あっけにとられた昴が走り出した。その間にも加納は近未来的な白い廊下を突き進んでいく。
そして昴に追いつかれた時、加納は見るもおぞましい光景の前にいた。
――続く
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