第1話 滝塚市不説教事件―エピローグ

 木漏れ日差し込む病室。そのベッドに寝かされているのは、包帯姿の高橋夏希。ベッドサイドには、加納聖と南方昴が並んで座っている。水戸瀬敏孝は病室入り口で、壁に背を預けたまま、三人のことを見守っていた。

 加納は高橋の額を撫でる。包帯が取れるまではまだかかる、と医師から言われていた。現在天涯孤独になってしまった彼女については、ほぼ彼がつきっきりで面倒を見ている。


「夏希姉の意識、今すぐ戻せるんだっけ」

「できます。まだ、眠っていてもらうことも」


 不説教に関しては教祖が捕まったことにより、宗教団体としては解散することになった。実は、洗脳されていたのは一部の信者であり、大半は真っ当な市民であったと、加納は後から知らされた。どうやら、ボランティア集団という隠れ蓑を維持するのに不可欠だったらしい。

 だからこそ、高橋夏希がその毒牙にかかったのは不運だと言えた。教祖からすれば、洗脳するのは誰でもよかったのだから。


「……もう少し、待ってくれないか」

「あまり長くは……高橋さんの体にも障りますので」

「わかってる。だけど、今はまだ、夏希姉が目覚めた時に、支えてやれる自信がない」


 優しげな瞳。その奥には、大切な人を守ることのできない自らへの、悔しさがにじんでいた。


「だから俺。強くなるよ。夏希姉が自責の念に押しつぶされそうになっても、支えてやれる人間になる」

「……すまねぇな。俺たちがもっと早く気づいてやれりゃ」

「気にしないでよ水戸瀬さん。俺たち、まだ間に合ったんだからさ」


 寂しそうな笑顔。しかし、その裏で加納はある決心を固めていた。


「じゃあ、強くなるために、滝塚市で起きている怪事件を解決しに行くか!」

「は?」

「え?」


 昴と水戸瀬が固まった。加納はきょとんとしている。


「夏希姉みたいな目にあっている人が、他にもいるんだろ? そういう人たちを助けたいんだ。その過程で、夏希姉を支えるために必要なものが見つかるって、俺信じてる」

「いや。危ないので日常に戻ってください。そっちに行っても心を支えるのには役に立たない経験しかできませんから」

「お前、カウンセリング受けるか? 高橋さんの件で自暴自棄になってないか?」


 昴と水戸瀬は加納に詰め寄る。二人とも彼の事を心から心配しているような表情だ。だが、加納はそんな二人に優しく笑いかける。


「俺なら大丈夫だよ。な、昴」

「絶対大丈夫じゃないです。お願いですから普通に学校に行ってください」


 水戸瀬は病室を出て精神科に駆け込む。昴に両肩を掴まれ説得されながら、加納聖は笑っていた。




                                  ――続く

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