第3話 告白
「……光平、心の準備はいい?」
そう僕に訊きながらも、伯母さんの目からは、僕以上の動揺が溢れていた。
「はい」
そんな伯母さんの目をしっかりと見据えて、僕はハッキリと答えた。
「わかった。じゃあ、話すわね……」
妙な間に息が詰まりそうだ。風呂に入ったせいもあり、余計にバクバクと脈打つ心臓を抑えようと、僕は何度も唾を飲み込んだ。
「……光平は、実は、ヨウシなのよ。今まで隠していてごめん」
用紙、要旨、容姿、陽子……。意味を理解するまでに、少し時間が掛かった。本当はもっと早く理解できたはずなのに、その時、僕の頭の辞書からは、「養子」という言葉が一時的に消えていた。
「……えっ? なに言ってるの? 嘘だよね?」
「いいえ、本当よ。あなたの血のつながった両親は、あなたが生後七か月の時に借金を苦にして自殺したの」
叫びそうになるのを必死に抑えて、飛び散っていく理性の粒を、必死にかき集めた。実は僕は養子だった。自分が今まで家族だと思っていた人たちとは、実は血のつながりがなかった。だけど……それがどうしたっていうんだ?
血がつながっていなくたって、あの温かい日々は、紛れもなく本物だった。血がつながっていなくたって、家族は家族じゃないか。
それに、例え血がつながっていたとしても、子供を残して自殺するような人間を、僕は家族だとは思えない。
必死に正気を保とうと努力する僕の耳に、また声が届いた。
「実はね、『大切な話』っていうのは、これだけじゃないの」
なんだ? まだあるのか? 歯を剥き出しにして、叫びたくなった。だけど、声を出して止めようとすれば、たちまち泣き出してしまいそうだったので、ただ頷くしかできなかった。
「あのね、五年前のあの事故は、実は……自殺、だったの」
「えっ?」
自分でも声が震えていることがわかった。この部屋を満たす空気が、急に重みを増した。
「あのね、実は真由美は小児がんだったの。もう手術しても治らないような状態だったから、抗がん剤の治療とかもせずに、残り少ない余生を……」
そこまで話したところで、伯母さんは突如として泣き出した。吹きこぼれる鍋を思わせるような、急で激しい泣き方だった。
「ねえ、最後まで話してよ。泣くのはそれからにして」
その時、不思議と僕の涙は止まっていた。むしろ、伯母さんにこれ以上話させるのを、申し訳なく思う心の余裕まであった。沸騰した伯母さんの心とは対照的に、その時の僕の心は、過冷却だった。
「……そうね、わかったわ。……それでね、その真由美の話を優子はよく私に相談してきて、その時に、何度かこう話してたの。『どこの誰だかもわからない神様に、命をとられるくらいなら、私がこの手で真由美を向こう側へ連れて行って、自分も後を追って一緒に向こう側の世界で暮らしたい』って。もちろん、馬鹿なことを言うなって、止めたんだけど……。
……それに、当日あの海水浴場に持って行っていたリュックの中に、遺書が入っていたの。私宛て、おばあちゃん宛て、光平宛ての三通。落ち着いたら、読ませるから……」
時が止まったような気がした。血の巡っている感覚が、生きている心地がしなかった。
どうしてあの時、一緒に泳ぎに連れて行ってくれなかったの? 血がつながっていないから? 本物の家族じゃないから? ねえ、こんな仕打ちあんまりじゃない? 僕のことを、裏切ったの? 答えのない疑問が、頭の中で堂々巡りする。
脳みそがとけて、使い物にならない。ただただ、この気持ちが落ち着くまで、自分の中で整理がつくまで、泣き続けたかった。
引き留めようとするおばあちゃんと伯母さんを振り払って、自分の部屋へと駆け込み、鍵をかけた。
窓から見える空は、夕方と夜の狭間。西の端では沈みかけた夕陽が、最後の炎を上げて燃えており、東の端からは周囲の空を夜色に染め上げながら、青白い月が昇ってきていた。
時間が経つのも忘れるくらい、ひたすらに泣いた。目は白兎の目のようになり、過呼吸になるくらい嗚咽した。
(買い物だと言って、真由美とお母さんは時々二人で遠出することがあった。確かに変だなとは思っていたんだ……)
泣いている間ずっと、扉の向こうでは、おばあちゃんがしわがれ声を精一杯に張り上げて、何かを僕に訴えかけていた。
僕が何か反応を示すまで、おばあちゃんはずっとこのまま、何かを僕に訴えかけ続けるのだろうか? やっぱり、このまま無視をし続けるのは、可哀想か?
でも、まあ別に構わないか。
勉強が少しできるだけで、他にはなんの取柄もない。そんな僕があの絶望に負けず、ここまで生きることができたのは、僕が死んだら、天国の家族が悲しむと思ったから。なのに……。
「それに、例え血がつながっていたとしても、子供を残して自殺するような人間を、僕は家族だとは思えない」
そう、僕は裏切られたんだ。だから、もうどうでもいい。誰が泣こうが、誰が死のうが。一切の光も、色もなくなったこの世界には、もうなんの価値もないのだから。
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