席替えで前の席になったら目が悪い美少女が続出しました

本町かまくら

本編



「よーし、今から席替えするぞー」


 気だるげな担任教師の声に、沸き立つ教室。

 学生にとって定期的に訪れる楽しいイベントと言えば、この席替えだ。


 各々が希望通りの席になるように、祈りを捧げる。


「近くの席になれるといいね!」

「後ろの席頼む!」

「一番前だけは嫌だ、一番前の席だけは嫌だ……!」

「安城さんの隣来い……ッ!」

「なぁなぁ、下谷さんの近くだったら席交換してくれよ」

「は? なんでだよ。誰が特等席譲るっつーの」

「佐藤さんの前後左右がいい……!」


 特に男子にとっては桁違いの熱量があった。

 それは何故かと言えば、このクラスに校内三大美少女が揃っているからである。


 みんなに優しく分け隔てない、天然の入った安城さん。

 才色兼備で黒髪が抜群に似合う、クールな佐藤さん。

 陽キャでスタイル抜群な、金髪ギャルの下谷さん。


 三人とも絶大な人気を誇っており、その名は他校にまで轟いているらしいが、三人とも色恋の噂は全くなく、仲のいい異性がいるという話すら聞かない高嶺の花っぷり。

 そのこともあって、彼女たちは学校でアイドル化していた。


 そんな学校中の憧れである彼女たちにお近づきになれるチャンスがこの席替えであり、体育祭や文化祭など、名だたる行事を抑えてこのクラスでは最も熱量のあるイベントとなっていた。


 かくいう俺は、どこでもいいやの精神。

 カッコつけてるとかそういうわけではなく、純粋に興味がない。

 ただそれだけである。


「初めに聞いとくけど、視力の問題で前の席がいいとか言う奴いるかー」


 誰も応答しない。

 担任教師はうんうんと頷くと、教卓に番号の書かれた二つ折りの紙をバラまいた。


「おーし、出席番号順に取りにこーい。ぱっぱいけよー」


 開始の狼煙が上がると共に、ざわつき始める教室。

 俺は言われた通りにくじ引きの列に並び、番号を引いて黒板に書かれた席を確認した。


 真ん中の列の、一番前……か。

 別にどこでもよかったので、心は微動だにしない。


 その後、各生徒、大小さまざまなリアクションがありつつもくじを引き終わり新しい席が確定した。

 それぞれ荷物を持って新しい席に移動し、隣になった地味目な女の子の田中さんに軽く会釈をして着席。


 ……でも何故だろう。田中さんが俺を見て、すごく気まずそうな表情を浮かべていた。

 というか、田中さんだけでなく俺の周りの席の女子がみんな苦虫を嚙み潰したかのような顔をしてい

る。


 いかにも外れとでも言いたげだ。でも仕方がないか。彼女たちの立場になって考えてみれば、社交性の欠片もない俺と近くで嬉しいはずがない。


「よし、じゃあ席替え完了だなー。さて、今からいじめアンケートに答えて――」



「あの、先生!」



 教師の言葉を遮ったのは、ピシッと勢いよく手を挙げた安城さんだった。


「お、どーした安城」


「すみません、私どうやらここからだと黒板の文字が見えないみたいなんです!」


「マジか。でも安城、こないだの視力検査Aだった気が――」


「DよりのAです!」


 そんなもんないわ。


「おー、そうか。じゃあ前の方の席で変わってくれる奴いるかー」


 俺別に変わってもいいな、と思っていると隣の田中さんが控えめに小さく手を挙げた。


「……私、変わります」


「ありがとう! 田中さん! ふふっ、助かるなぁ~!」


 満面の笑みを浮かべる安城さんが声をあげる。

 早速荷物をまとめ、移動しようとしたその時。



「――あの、私も目が悪くて見えません」



 今度は佐藤さんが丁寧な所作で手を伸ばし、名乗りを上げた。


「え、でも佐藤、区分的には中間列だろ? 最後尾の安城は分かるが、お前は……」


「前の席の宮野くんが大きくてダメです」


「確かに、宮野身長は190㎝だし、広背筋の発達がえげつないもんな」


「正直壁です」


「えへへ」


 なんで嬉しそうにしてんだよ宮野。


「うーん、でもどうするか。田中が変わってくれたけど、もう一人……」


 担任教師が教室を見渡すと、俺の後ろの席の子が手を挙げた。


「私、宮野くんの攻略方法知ってるので変わります」


 なんだ攻略方法って。


「ありがとう」


「う、うん」


「よし、じゃあ二席分確保だな。あとは二人でどっちの席にするか話し合って――」



「――あのさ、うちもちょっと見づらいかも?」



 またまた話を遮ったのは、下谷さんだった。

 斜めに突き出すように手を上げており、体勢はやや前がかりになっている。


 それにしても、どうしてこんなにも目が悪い人が後になって続出してるんだ。

 しかも、三大美少女全員。


「うえぇえ……」

「マジかよぉ……」

「そんな……」


 せっかく隣を引き当てたのに、変わることになってしまった男子が絶望している。

 そりゃそうだろ。可哀そうに。

 なんか俺の周りばかり空いてくし、ぶっちゃけ変わってあげたい。


「いや下谷、お前は前から二列目で位置的にも見やすいだろ」


「え、でも一番端じゃん? 結構見づらいんだよここ」


「でもなぁ……」


 下谷さんに関しては渋る担任教師。

 確かにそうだ。単純に遠いわけでもなく、前に馬鹿でかい男子生徒がいるわけでもない。

 ただ一番端だからって、いちいち要望に応えるわけには……。



「お願い、せんせっ♡」



「……誰か変わってくれる奴いるかー」


 なんだこいつ。

 今すぐ教員免許剥奪にしろ。


「あのぉ……私、端でいいです。落ち着くんで」


 今度は廊下を挟んで俺の隣の女子が手を挙げた。

 ……野生のすみっコ○らしかよ。

 

「えマジ⁉ ありがと!」


「あはは……」


 ――というわけで、俺の席の周りがゴソっと入れ替わったわけだが。


「いやいや、私がこっちの席だから」

「え、でも正面の方がいいな! 一個後ろは視力的にも厳しいし!」

「DよりのAって言ってなかった? それ見えるよね?」

「見えないから! というか、最初に私が名乗り上げたんだよ⁉」

「順番とか関係ないでしょ!」

「関係ない。私が正面にいく」

「「はぁ⁉」」


 ……なんか揉めてる。

 

 どうやら三人とも真ん中の最前列、つまりは俺の隣の席がいいらしく言い争っていた。

 流石に見てられないので、横やりを入れる。


「あの……じゃんけんで決めたらどう? アンケートの時間なくなるし」


 俺が言うと、


「君が言うなら……」

「あんたが言うなら……」

「仕方がない、ね……」


 火花を散らせていた三人が大人しくなった。

 落ち着いた周辺の空気に、ほっとして胸をなでおろす。


 キリっと目を見開き、拳に力を込めた三人が腕を差し出した。

 糸がピンと張ったような、緊迫感のある空気が流れる。


「じゃあ行くよ?」

「うん」

「二言は無しだよ! せーのっ」



「「「じゃんけんぽんっ!!!」」」








 ――かくして、目が悪い人が続出した席替えがようやく終わり。


「ねぇねぇ、英語の課題終わった?」

「ねね、今日の放課後時間あるぅ?」

「ダメだよ下谷さん。今日は私と図書委員だから」

「何を⁉」


 右隣の席に安城さん。

 後ろの席に佐藤さん。

 廊下を挟んで左の席に下谷さんという、男子生徒にとって憧れのフォーメーションが完成していた。


 しかも何故か三人とも俺に話しかけていて、てんやわんや状態。 


 でもおかしい。

 この三人は男子生徒と関わりを持たないで有名なのだ。

 告白されても揺らがず、異性と仲良くすることはおろか話しているところすらほとんど見ない。


 そんな彼女たちが、クラスでパッとしない俺に話しかけてきているのだ。


 ……本当におかしな話だ。



 だって、


 安城さんとは家がたまたま隣になっただけで。

 下谷さんとは迷子の妹さんを見つけ出しただけで。

 佐藤さんとは同じ図書委員で本の趣味が合うだけなのに。


 ほぼ接点のない俺に、どうして構うんだ?



「「「ねぇ、聞いてる???」」」



 三人に三方向から呼びかけられて、困惑する俺。



 席替えの結果に不満を漏らす男子とは対照的に、事情を知るクラスの女子は俺たちの状況を見て戦慄していた。


「戦争だ……」

「秩序が崩れる……」

「どうなるんだろう……」


 ――しかし、それでも俺は気づかない。


 はっきりと言葉にされてもなお、おそらく俺は気づかないのである。



                     FIN


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席替えで前の席になったら目が悪い美少女が続出しました 本町かまくら @mutukiiiti14

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