ジュナの本心
「思っていたよりも早かったですね」
巨大な獣型レギオンの姿が溶け、フォラスが現れる。
「E12と違って、僕は飛べるからね――それよりも、そのモフモフ尻尾が丸焦げになる準備をした方がいいんじゃない?」
「おや、焼き鳥ならぬ焼き狐ですか?」
フォラスは苦笑いしたかと思いきや、いきなり管制室の奥へ走り出した。割れた窓から逃げ出そうとしている。
「あ、ちょっと待て!」
慌てて追ったが、なかなか追いつけない。
そういえば人間よりも
瞬発力自体に天と地の差がある。
いくら、常人より高い因子適正値をほこれども、根本的な種族ごとの格差は埋められないのだ。
「全く、趣味が悪いですよ」
窓辺にたどり着いたフォラスは、振り返って微笑んだ。
「我々は、いつまでも貴方の席を用意して待っていますよ。アーキタイプ・アステル」
そして、窓の外へフォラスの姿が消えた。
飛び降りたのだ。
窓辺から体を乗り出し、下を見る。
「嘘でしょ……?」
そこには時空の穴が空いていた。
レギオンが襲撃する際に現れる穴だ。
フォラスは、この穴に落ちたのだろうか。
そうこうしているうちに、穴が閉じてゆく。思い切って飛び込もうか考えていると、背後からジュナの声が響く。
「追わなくていいよ。今は害虫駆除よりも、治療が先だからね」
「治療……?」
「誰の治療だ?」と問いかけようとした、その時。全身に激痛が走る。事態が落ち着いてドレナリンが切れたせいだ。
そのまま穴から落ちそうになると、背中をジュナに引っ張られる。背後を一瞥すると、そこには大学生ぐらいの年齢になったジュナが立っていた。
魔法で作り出された火の粉が、頬をかすめたが、全く熱くない。
「え……ジュナなのか?」
「そうだよ」
「もしや、これが本来の姿――?」
「それは内緒」
「なんだそれ。というか、普段からその姿で生活した方が便利だろ」
「やだよ。子供なら、帝国の公共交通機関を半額で利用できるぞ」
「不正、犯罪!」
ジュナを睨む。
本当なら腕を組みながら睨みたいが、全身に激痛が走っているせいで、立つこと自体が苦痛でしかない。
「このまま僕が、医療器具がある船まで運んだ方がいい?」
「いや、痛覚遮断装置があれば一人で歩ける。骨は折れてなさそうだから、歩いても問題ない。たぶん」
「あぁ……そう……」
「それよりも、始末対象の私が帝国に帰っても大丈夫なのか?」
「それなら心配ないよ。今回の計画に関わった者も含めて、お姉さんを脅かす危険があるヤツは初めから居なかったことになってるから」
背筋が凍る。
帝国は人々に安全と衣食住に困らない生活を保証する代わりに、巨大な影も内包している――これは、アステルに転生する前から知っていた事だ。
それでも、いざ自分が敵からも味方からも消される可能性があるという事実を、突きつけられれば、恐怖せずにはいられない。
「そうか……」
ジュナに背中を離してもらい、窓辺に座り込む。
「ねぇ、お姉さん」
「なんだ?」
同じ歳ぐらいの男から『お姉さん』と呼ばれている事実に、頭がバグりそうになる。
「一冊の悲劇を描いた小説があったとして――お姉さんはページをひたすら、継ぎ足す作業に意味はあると思う? いくら努力したところで、結末は変わらないのに」
「フォラスみたいな事を言うね。悪いけど答えは――分からない」
「そう……」
*
「僕とワルプルギス姉さんは、同じ星に産まれたの。星の環境は最悪で、排気ガスと温暖化で、生物はコロニーの外では生きられなかった。そんな星で僕達は裏稼業をやりながら生活していた」
ジュナと研究所の廊下を歩く。
痛覚遮断装置を使っているおかげで、何事もなく歩けるが、感じないだけで、実際の状態は満身創痍になっているはずだ。
「星に住んでいる人々は、皆、生きることに絶望していた。未来なんて誰も望まなかった。いずれ来る終わりの結末を、今か今かと待つだけだった。でも、そんな時に帝国軍が、来て星を占領したの。誰も抵抗しなかった。みんな未来がどうでも良かったから。でもワルプルギス姉さんだけは違った。元々、因子適正値が高かった姉さんは、初めから審問官になる事を前提に
「そうだったのか……だからジュナはワルプルギスさんを尊敬しているのか」
ジュナが頷く。
「そうだよ。初めはだれも姉さんに賛同しなかった。だって、変わるはずのない未来を掴む為に自分一人を犠牲にするのは間違いだって、誰もが思っていたから」
「でもジュナは違う……そうだよな?」
「もちろん。そうじゃなきゃ、姉さんを助けるために
ふふっ、と思わず笑う。
素敵な姉弟愛だ。
温かくて心地よい。
「ジュナ、さっきの質問に対する答えを訂正させてくれ。いくら結果が同じだとしても――私は少なくとも
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