『たとえ、どんなに穢れた正義でも――

「管制室の中へ入って下さい。そして、どうか驚かないで」


 獣人カマラィル族の男に催促され管制室の中へ入る。


「ひぃっ――!」


 扉横にあったパネルを操作し、中へ入ると恐ろしい光景が待っていた。中で待ち構えていたのは、先ほどの犬型戦闘機を、そのまま人型に変えたようなロボットの軍勢だった。


 これがVRアニメなら「うぉー、すげぇ。宇宙空間でカッコイイ効果音出しながら戦うヤツじゃん!」とでも叫びたいが、残念ながら現在は任務中。一瞬の油断が命拾いになる。


「E12、落ち着いて下さい。コイツらの活性反応はとうに無くなっています。というより私の仲間が中枢機能を破壊してます」


「君の……仲間?」


 男は笑う。


「はい、私の仲間です。しかし、ご安心を。コイツらを停止させたのは、貴方を生きて返す為ですから」


「言っている意味が分からない。一から説明してくれ」


「それもそうですね。では椅子も沢山ありますし座りながら話しましょう。これから私の事はフォラスと呼んで下さい。もう帝国の識別番号で呼ばれるのは、うんざりです」


 フォラスは戦闘機を避けながら、管制室の中央にある席へと向かった。

 歩く度に揺れる狐型のジッポが可愛いが、これについては触れないことにしよう。

 恐る恐る彼の向かいに座る。


「フォラスと言ったか……聞きたいことは色々あるが……まず君が何者なのか教えてくれ」


「私は外星の使徒フールド・アポカリプスに所属する者です。アーキタイプ計画の進行状況を調査する為に、帝国へ派遣されました」


 外星の使徒フールド・アポカリプスという単語には聞き覚えがある。確か――転生前に読んだアニメの設定資料集に乗っていた。

 ルナベルいわく、サランが率いる反乱勢力より、タチが悪い集団らしい。ブラフマに至っては「見つけ次第駆除した方がいい害虫」と酷評していた。


 そんな要監視対象の集団に所属している人物が、帝国の最重要機密であるアーキタイプ計画について調べている……?


「分かった。要するに君はスパイか!」


「分かりきったことを、自信満々で言わないで下さい」


 冷静なツッコミが返ってきた。


「次に私が今回貴方を助けようとした理由ですが――大前提としてE12――いいえ、アステルさん。。ここにある戦闘機は貴方を始末する為に用意された者です。一体、一体、が大型レギオン並の力を持っています」


 背筋が凍る。

 今まで考えたことがなかった――考えたくもなかった可能性を提示された現実を受け止めきれない。


「そんな訳ない……だって私はアーキタイプ……」


 そう、私はアーキタイプだ。

 帝国の兵器だ。簡単に始末できるわけがない。


「えぇ、最高司令官を含めた大多数のメンバーは、苦労して作り上げたアーキタイプを自ら始末しようとは思いません。しかし、貴方と最高司令官の関係に勘づいた者は、単を貴方をコネ入隊のお嬢様だと思っていますし――元々研究に携わっていた一部の派閥にとっても貴方は邪魔者なんですよ」


 今回は特例で上層部から僕達に届いた指令――ジュナの言葉が蘇る。

 つまり一部の私を始末したい派閥は、最高司令官を通さないで、この計画を指示した事になる。


「ジュナも、この事実を知っているのか?」


「知っているはずです。しかし、彼は、この計画に反対してますよ。現に貴方を『愚直』と称していたでしょう。これは、人を疑わず素直に計画に乗っている貴方への警告ですよ」


「そうか……ならば、なぜ君は私を助けた?」


「理由は単純。貴方には、これを機に帝国から手を引いてほしいからです」


 フォラスは立ち上がり、手のひらを口元に寄せる。そして、彼がフゥーと息を吹きかけると、部屋中に火の粉が舞い、やがて火の粉は花の形へ変化し、無機質だった床は花畑となった。


「僕達、外星の使徒フールド・アポカリプスの目的を、分かりやすく説明する為に例え話をしましょう。アステルさんは、今から、この花々一輪、一輪が『一つの宇宙』を表していると考えて下さい」


「えーと、つまり宇宙はこのぐらい沢山存在するということか?」


「実際はもっとあります。『宇宙』を『平行世界パラレルワールド』と言い換えてくれれば分かりやすいかと」


 平行世界パラレルワールド……士官学校時代に、時空学の授業で勉強したような、していないような――確か教科書には『ある選択肢から枝分かれされ、並行して存在する別の世界』と書かれていたが、小難しい科目の時間は全て睡眠に当てていたので、詳しい情報は記憶にない。


「話を続けましょう一輪一輪の花は美しく、同じ物は一つもありません。願わくば全て永久とこしえに咲き乱れて欲しいですが、土に溜まった栄養は有限です。つまり、全ての花は、栄養を奪い合う運命にあります。さて、ここで質問です。もし貴方が花畑の管理者だとして――増えすぎた花が、栄養の奪い合いを始めたらどうしますか?」


「間引きをする……?」


 植物を育てる時は病気になった子や、元気がない子は間引かないといけないの――これは、昔、私を担当していた看護師が話していた言葉だ。


「そうです。やっと分かってくれましたね。つまり、その間引きをする役目を持った存在こそがレギオンの正体ですよ」


「レギオンが間引きをする為に現れた怪物だとして――レギオンに襲撃された世界はいずれ滅びる運命なのか?」


 フォラスが首を横に振る。


「そんなことはありませんよ。もちろん世界側もレギオンというウイルスを駆除する為の免疫を持ち合わせています。それが本来のアーキタイプです。大抵の場合、自然現象を通してレギオンに抵抗します」


「私は……アーキタイプの正体は兵器として作られた人口裁定者ラプトールだと聞いているが……」


「三割ぐらい正解ですね。実を言うと、この世界で生まれたアーキタイプは正しく機能していません。これではレギオンに抵抗できない――それ故に、立てられた計画が『アーキタイプ計画』です」


 パンッとフォラスが手のひらを合わせると、一斉に花畑が消えた。


「第一段階として行われたのが『アーキタイプの観測』です。この段階では、本来、目には見えない存在であるアーキタイプを無機生命体人工知能という形に落とし込んで、会話と観測が可能になりました。えーと、分かりやすく例えると『明日の運勢』とかいう目に見えない概念を、具体的に数字化した感じですね」


 『明日の運勢』を数字化するということは、「明日の運勢は112ですね。低めなのでバナナの皮を踏むぐらいの不幸が起こるかもしれません」というメッセージが見られるということか……銀河中から占い師が消えるな。


「第二段階として『観測可能になったアーキタイプに肉体を与える』作業が始まりました。この過程で器として作られたのが、最高司令官、ルイーズさん、そしてアステルさんを含めた被検体です。まだ目的は達成していない――というより最高司令官が無理やり中止にしました。アステルさんが完成した時点で」



 フォラスが薄笑いを浮かべる。 

 彼の耳が小さく揺れると、辺りの空気が、一瞬で凍りつく。



「アステルさん、貴方は『帝国軍が作った人口アーキタイプ』です。そして、貴方という存在は私――いえ、外星の使徒フールド・アポカリプスからして邪魔でしかありません」




 この感覚――身に覚えがある。

 確かレギオンが現れた時と同じ……。



 レギオン――?



 とっさに立ち上がり、身構える。

 武器になり得るものは全て、廊下に置いてきてしまったので、身一つで戦わねばならない。


 フォラスの身が崩れ、やがて黒い塊となった。全身に花が生えた巨大な獣型へ変わる。

 体はゴリラのようである頭はイノシシに似ていて、鹿の角が生えている。


「レギオンか……!」 


「貴方に帝国軍へ戻るメリットはありません。ならば一緒にここから逃げましょう。それとも、このまま塵芥にされたいですか?」


「私はどちらも選ばない。だって――私にはまだやらなければならないことがあるし……何より、貴方達の目的が分からない以上、手を貸す訳にはいかない」


 レギオンからフォラスの高笑いが聞こえてくる。


「あーあ、貴方は本当に哀れな人だ。素直すぎる故に、私にも帝国にも裏切られた挙句、正しい選択もできないなんて!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る