一人にしないで

 シドが研究所のメイン防衛システムを、ハッキングしてくれたおかげで、あっさりと中に入ることができた。中へ入ると、研究所らしく装飾品の欠けらもない無機質な、空間がどこまでも広がっていた。


 廊下は、あのジャンボ犬集団でも、通れるほど広かった。なので、その気になれば彼等を引き連れて中へ入ることもできる。

 しかし、色々考えた結果、彼等は研究所の外で待機させることにした。


 移動自体はできるとはいえ、邪魔である事に変わりはないし、なにより彼等を戦闘に巻き込みたくなかったからだ。


「人影がないようだけど、本当に反乱勢力が潜伏しているのか?」


『僕に聞くな。居ると言ったのは上の奴らだろう?』


 そうだけど……その通りだけど、なんだか上層部に責任を丸投げしているような感じがする。


「うーん、もう撤退しちゃったのかな?」


 だとすれば苦労して、ここまで来た意味が無くなってしまう。


 部隊全員の安否を確認し終えたジュナが、私の袖を引っ張る。


「ねぇ、愚直なお姉さん。反乱勢力が本当に潜伏していたか確認したいのなら、中央管制室に行けば?」


「なんだそれは――あと、その呼び方はいい加減やめてくれ!」


「中央管制室は、読んで字のごとく研究所のメインシステムを管理する場所だよ。バカ真面目なお姉さん」


「意味と言うかニュアンスが、そんなに変わっていない!」


 というか、ただでさえ言い難いニックネーム(?)が更に長くなってしまった。


「分かった。では私の隊は、その……中央管制室とやらに行けばいいのだな」


「違うよ。お姉さん一人で行くの」


 思考が停止する。

 胸の奥が氷のナイフで刺されるような感覚に襲われる。

 どうしてだろう?

 嫌な予感がする。

 本能が『怖い』『嫌だ』と言っている。


「それは……どうして……?」


「普通に考えて中央管制室に兵がいたとしても、そこまで多くはないでしょう。もし仮に裁定者ラプトールが居たとしても、精々一人なはず」


 ジュナがゆっくりと口角を上げる。


「それに、もし身の危険を感じたら撤退すれば良い。というかお姉さんの強さだと、敵を生け捕りにする前に木っ端微塵にしちゃうからね。これだと尋問ができない」


「色々と腑に落ちない点はあるが……分かった。そうしよう」


 子供にしか見えない容姿をしているジュナだが、これでも先輩だ。今は大人しく従っておこう。

 ここでいさかいを起こしてしまえば、今後の計画に影響が出かねないし――転生してなお残る日本人の『和の精神』が「今は黙って合わせとけ」と言っている。





 シドの案内に従い、研究所のテッベンにあるらしい中央管制室に向かう。


 中央と名前に入っているぐらいなのだから、てっきり研究所の中央部分にあるのかと思っていたけど。


「シド、あとどのぐらいで着きそう?」


 黒い球体に呼びかけたが、返事がない。

 それどころか今まで点滅していた電源ボタンの明かりまで消えている。通信状態に異常が生じたのだろうか。


 返事はないくせに、球体自体はずっとついて来るので煩わしくなり、手に持ちながら移動する事にした。

 もし戦闘になったならば、その時は、放り投げて空中に浮かべておけばいいだろう。


 幸い、このまま廊下を、真っ直ぐ進めば、中央管制室にたどり着くので、迷子になる心配はない。

 『不安』という感情を押し殺し、研究所の奥へ、奥へ歩み続けると、背後から誰かが来る気配を感じた。


「誰だっ!」


 刀へ手をかけながら振り返ると、そこには見慣れた獣耳男がいた。審問官定例会議の日に私を迎えに来てきれ、雪山では私の方法に苦言をていしたあの男だ。


「驚かせてしまい申し訳ございません。敵意はありませんので、どうか武器から手を話して下さい」


 男は腰の光線銃を取り出し、床に放り投げた。敵意はないことは本当らしい。こちらも大人しく刀を床へ置く。


「どうして私についてきた?」

「貴方と話をしたかったからです」

「それは、今話すべきことなのか?」

「はい。現在、貴方と私は利益が一致しています」


 利益が一致ということは――いわゆる取引というヤツか。ルナベルにとっては十八番だが、私にとっては苦手な部類だ。


「話してくれ。君は何を望んでいる?」


「分かりました。同意していただき感謝いたします。あぁ、本当によかった貴方が話の通じるアーキタイプで」

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