研究所

 一面、真っ白な世界の先で待っていたのは、全体が、銀色の物質で構成された建物だ。壁には帝国の印が刻まれている。


 帝国が運営している研究所は、黒色の物が多く、見る物に恐怖と似た感情を植え付けるが、銀色の研究所も、これはこれで不気味である。


 早速、中へ入ろうとすると数体の犬型戦闘機に道を阻まれる。黒い球体からは、シドの叫び声がこだました。


『待て。入る前に、その辺にある小枝を入口に向かって投げてみろ』


「小枝……?」


 小枝と言っても、ジュナが雪を溶かして作った道以外は雪に覆われており、小枝に至ってはジュナの魔法によって一瞬で消し炭になってしまった。


 一体どのような原理なのか気になるが、理論で説明できないからこそ因子の力は『魔法』と呼ばれるのだ。理論で説明できてしまえば、それは『魔法』ではなく『化学』になってしまう。

 転生前の世界でも霹靂へきれきが『神の怒り』から『放電』へと変わってしまったように。


 仕方がないので、適当に小石を拾って投げてみる。すると――。


「嘘でしょ……?」


 研究所の入口まで、綺麗な放物線を描いて飛んでいった小石。

 このまま進めば、確実に扉へ当たりそうであった。しかし、コツンという音が響くことはなかった。


 なぜならば、小石自体が即座に消し炭になってしまったからだ。


『典型的な熱光型防御機構シールドだ』


「つまり私は危うく焼肉に、なりかけていたのか?」


『そうだ。止めておいて本当に良かった。君の焼肉など酒のツマミにもならないからな』


 唐突なカニバリスト宣言……。

 もちろん、冗談だと思われるが。


「ねぇ、おじさん。研究所のシステムをハッキングして防御機構シールドを解除するまで、どのぐらいかかる?」


 隣で会話を聞いていたジュナが口を挟む。


防御機構シールドの解除ぐらいなら、ざっと十分ぐらいだ。でも研究所内のデータも調べたいから三十分は欲しい』


「どうしてさ?」


『アステルに懐いていた犬共についてのデータがないか調べる必要がある。あれは帝国の法律以前に銀河生物倫理条約に反する産物だ』


 制御機構に、生物倫理が云々。

 小難しい話ばかりで話についていけない。


「私は文系なんだ。分かりやすく纏めてくれ」


『君は文系以前に、ただのアホだろ』


 ストレートな暴言が胸に刺さる。


『あー、すまん。訂正する。天才である僕の尺度からしてみればアホだ』


 アホだという評価は変えないのか……。


『話を戻すが、あのワンコ達は製造自体が違法なんだ。一言でまとめると、ワンコの製造したヤツは犯罪者だ』


「なるほど。理解した」


 つまり犬型戦闘機の飼い主を、捕まえればいいのか。

 頭の中にあった疑問点が全て解消されると、ジュナが地団駄を踏む音が聞こえた。


「三十分も待てないよー。おじさん」


『誰がおじさんだ。まだ、そんな歳じゃないぞ。それに、君も人の事は言えないだろう』


 今シドは何と言った?

 ジュナに対して「君も人の事は言えない立場だろう」と言ったはずだ。

 つまり――。


「E10。もしかして、君は子供ではないのか?」


 ジュナは何も答えない。

 ただニコニコと笑い続けている。


 なんとなく、そのような気はしていた。

 いくら実力至上主義の帝国でも、子供を兵として使うような反人道的な行いはしないはずだ。


「そんな宇宙に捨てられた産業廃棄物を眺めるような顔をしないでよ。愚直なお姉さん。ちょっと、若作りをしているだけだよ」


 若作りの範疇はんちゅうを超えているんだよ。


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