誰も見捨てない

 しばらくクルベーダーVIシックスの雪山を登っていると、吹雪が強くなってきた。もし、これが帝国軍の最新装備無しでの登山ならば、確実に生きては帰れないであろう。


 幸いジュナが炎魔法で雪を溶かせるおかげで、体力の消費は抑えられるが、謎の犬型戦闘機が蔓延っている雪山に長居することは賢明ではないだろう。


「E12」


 正面に吹き付けるヒューヒューという風の音に混ざり、私に割り当てられた番号を呼ぶ声が響く。声の主は、顔合わせの会議にて、私を迎えに来た男だろう。


「どうした?」


「先ほどの戦闘で、負傷した兵が何人かいます。彼等にこれ以上、雪山を登らせるのは……」


「そうだな。では動ける者を何人かつけて船に戻らせよう」


「それはお止めになった方がよろしいかと」


 彼から放たれた言葉の意味が分からず、思わず立ち止まりそうになる。


「どうして……?」


「任務を確実に遂行する為にも、これ以上動ける兵の数を減らす訳にはいきません。それに、彼等のうち何人かは、もう歩く事すらできません。もし戦艦に撤退させるつもりならば、せめて動ける者だけ戻らせて他は置いていくべきです」


 彼の伝えたいことが、やっと理解できた。

 成功の為に弱き者は切り捨てろ。

 そう言いたいのだ。


 分かっている。そんなこと。

 帝国の呼ぶ『秩序』にとって『個人』という概念は意味を成さない。

 なぜならば、私を含め帝国に関わる者全ては、巨大な機械の歯車でしかないからだ。

 歯車一つに名前はなく、必要無くなれば取り替えるだけ。

 

 いつの日か最高司令官が言い放っていた「名前に価値は無い」という言葉が全てを象徴している。


 分かっていても……それでも、今は張るべき意地がある。



――私は一人も見捨てない。



「あぁ、分かった」


「理解していただけたようで何より……」


「負傷していない兵を五名つけて、戦闘不能になった兵を戦艦に撤退させろ」


 男性は目を見開いてから、口をポカーンと開けた。


「私は審問官だ。そして、上の意志がどうであれ直属部隊は審問官が自由に扱って良いことになっている。お前に口出しをする権利は無い」


「ですが……」


「口より先に手を動かせ!」


「はっ、はい!」


 通信機を通して、命令が部隊中に伝わっていることを確認する。


 胸の奥である種の爽快感が生じていることに気づいたが、同時に気恥ずかしくなってきた。


 柄にもなく怒鳴ってしまった……。

 多分、師匠が、この様子を眺めていたら大爆笑しているだろうなぁ。


「あっはははは」


 吹雪の音に紛れ、子供の笑い声が響く。 

 声の主は十中八九ジュナだろう。


「何がおかしい?」   


 今まで先頭を歩いていたジュナの方を見ると、魔法で起こされた炎に包まれたジュナがケタケタ笑っていた。


「お姉さんさぁ。そういう所が愚直なんだよ。というか、この部隊には、お姉さんの部下だけじゃなくて、僕の直属部隊も混ざっているんだよ。いくら最高司令官の親族でも、僕の部隊までには命令権はないでしょ?」


「たっ確かに……」


 うぅ、感情に身を任せて重要な事実を見落としていた……待てよ。今ジュナは何と言った?


「まぁ、別にいいよ。人数が少ない方が戦闘に集中できるからね」


「あのぉ……ジュナ」


「なにぃ?」


「今私の事を最高司令官の親族とか何とか……」


 ジュナが小さく首を傾げる。


「だって最高司令官と愚直なお姉さんてさ、どことなく容姿が似てるじゃん」


 今まで胸の奥を支配していた感情が、爆発し再び叫びそうになる。


「いや、全然似てないから。というか、あの人と似ていてたまるか!」

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