ちょっくら惑星一つを救いに来たよ

 凄まじい風の音と共に落下する体。

 徐々に広がる氷の霧。


 さて、私が落下した塔は五階建てだ。

 今から体を広げて空気抵抗を増やしたところで無駄だろう。

 必要最低限に被害を抑えるならば、せめて足から落下すべきだろうが、今はルイーズの元へ戻ることが最優先だ。


 ならば壁に刀を突き立てるしか――。


 絶体絶命の状況下。

 何故か私の思考は限りなく冷静だった。

 人間は、切羽詰まると逆に冷静になると言うが、本当らしい。


 体を捻り、壁に刃を突き刺そうとした。しかし、それより前に何者かが私の体を掴む。


「因子を取り込んだばっかりの個体相手にこのザマだなんて――シデンさんも私も貴方をこんな軟弱な子に育てた覚えはないわ」


 桃色の髪、見た目を重視した制服。

 落ちゆく私を助けたのはルナベルだった。

 しかし、見慣れた姿はどこにも無い。


 首筋まで黒く変色した体。

 背から吹き出る血のような液体が羽の形になっている。そして極めつけは右手に握られた死神の鎌サイズ


「お母様が裁定者ラプトールとしての権能を使っているところを初めて見た」


「あら、私は裁定者ラプトールだと名乗った覚えはないけど?」


 ルナベルが口角を上げる。


「それよりも、後は私に任せなさい。貴方は待機……」


「私も行きます。理由は後で話しますから、どうかお願いします」


 そう。ルイーズの討伐にルナベルを向かわせる訳にはいかない。これが裁定者ラプトール討伐ならともかく、相手はアーキタイプとして開発されたルイーズだ。


「分かったわ。死んだら許さないからね」

「はい。分かっています」




 ルイーズが放った氷の粒は赤く変色し、禍々しい姿へと変貌していた。

 粒に当たった鳥が血を流しながら落下してゆく様子が見える。


 粒が当たれば確実に致命傷となる……あるいは即死か。


 再び屋上へ登ると、屋根の上を伝いながら研究施設の外へ歩くルイーズの姿があった。


「まずいわね。この赤い粒に当たった生物がことごとく死んでゆく」


「このまま研究所の外に出す訳にはいきませんね」


「それにあの先にはエネルギー発電所がある。このままだとフランドレア全体が……」


 ルナベルが最後の一言を発する前に、私の足はルイーズの方へ駆け出していた。

 

 四方八方から迫る氷の粒。

 今までは仮に集中攻撃を受けても、被害を最小限に留められる箇所を見つければ良かったが、今回なそのような訳にはいかない。


 この場においてを意味する。


「ルイーズ!」


 金色に変色した髪。全身を包む薔薇の痣。

 全身を白銀色の膜が包む。

 姿を変えたルイーズはこちらの声に気づくと、こちらへ振り向き右手を構える。


 嫌な予感がし、左側へ体を捻らせると、ルイーズの右手から無数の魔法陣。そして、強い熱を帯びた光の柱――すなわちビームが飛び出す。


 そして、ビームの標準はピッタリと私の心臓を狙っていた。まるでこちらの回避行動を予想していたかのようだ。


――嫌だ。まだ死にたくない。

――やっと、病室から出られたのに。

――まだ、何も成していないのに。


 辿り着くべき場所は、ここでは無い。

 

 絶望に駆られたその数秒後、右側から強く体を推される。右手側を見てみれば、私を庇うルナベルの姿があった。


「アッ……アァ」


 口から声にならない叫び声が漏れる。


「私のことはいいから走りなさい!」


 ビームに貫かれる体から、叫ぶような声。




『何へこたれてんだよ。この馬鹿弟子ぃ!』



 

 脳内に今ではもう懐かしい声が響く。


 そうだ。やるべき事を成さなければ。


 直ぐに、姿勢を立て直しルイーズとの距離を詰める。

 

 こちらの存在に気づいたルイーズが、こちらに視線を向ける。


「待たせたな。白艇の王子様だ」


 こちらを睨む瞳には一筋の光も無い。


 あぁ、いつの日か曇花が言い放った「本当に心があるように見える」という発言をルイーズは嫌がっているように見えた。


 よくよく考えれば当然だ。

 何故ならばこの言葉は、ルイーズに心が無いことが前提になっている。


 そして海姫の童話――きっと今までルイーズはハートという存在に焦がれてきたのだろう。

 

 だからこそ私は、ここで君を止める。責任を果たす――!


 全身から力がみなぎる。


 足元から髪先まで因子の魔力で満ちてゆくのを感じる。


 そして、ビーナッツ色の髪がシデンのような薄紫に変わってゆくのが見える。

 

 



「形勢逆転。ここからは反撃の時間だ!」



 こちらの変化に気づいたルイーズが、氷の盾を複数出現させる。もう遅い。

 雷を帯びた刃は、ルイーズのメイン制御モジュールを切り裂いた。

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