凍てつき、崩れ、散ってしまえ

 試験室から立ち去り、廊下へ戻るとルイーズの姿は何処にも無かった。

 長く待たせてしまったのだし、当然か。


 ふと窓の方を見ると、そこには赤く目元が腫れた少女が映っていた。まだ、頭痛も残っている。


 因子の影響では無い、純粋な、怒り、嘆き、感傷だ。


 とはいえ腫れた顔をこのままにする訳にはいかない。後で顔を洗わなければ――。


 俯いた顔を上げ、一歩踏み出したその時。



『施設南東からレギオンの存在を確認。規模はA3レベル。B2及びK6部隊は迎撃、H1型自動人形オートマタは……』


 施設内の全スピーカーから、レギオンの襲来を告げる放送が入る。

 無論まだどの部隊にも所属していない私は待機命令だが、ルイーズの様子が気になる。


 一応、確認に行くべきか。



*


 レギオンが現れたという施設南東に向かったが、残されていたのは崩れかけたレギオンと、奴を駆逐くちくしたと思われる艦隊だけ。


 どうやらA3レベルというのは、かなり小型のレギオンを表しているようだ。


 異常なし、ということでこの場から立ち去ろうとする。しかし、崩れゆくレギオンの傍に空色の何か。


 いや、あれは髪だ。

 長い、長い、ブルーの髪。



――ルイーズ!


 

 全てを悟り、百八十度反対の方向へ走り出す。彼女が何を考えているのかは分からない。それでも、止めるべき状況であることは分かる。





「ルイーズ。待て!」


 研究所東塔の屋上。

 レギオンへと歩み寄るルイーズへ話かけるが、彼女に声は届いていないらしい。

 

 ブルーの髪が、どんどんレギオンの方へ近づいてゆく。

 そして、ルイーズはレギオンの体へ右手を突っ込みを取り出した。


 空色の丸い物質。表面は脈打つようにうねっている。加工前の因子だ。


 ルイーズは握った因子を、そのまま取り込んだ。


「パパ、私やっと手に入れたよ。やっと心臓ハートを手に入れたよ。人間になれるよ!」


 パパというのはオーウェル博士のことか?

 いや、それよりも、ハートって……。


 よくよく考えれば、脈打つ因子の姿は心臓にそっくりだ。


「ルイーズ。そんな物を手に入れても人間関係にはなれないよ!」


 私の呼びかけも虚しく、周囲が氷の粒による霧に包まれる。

 ルイーズが放った物だろう。

 粒一つ一つは細かいが形状は細長い針のようになっており、刺さればひとたまりも無いだろう。


 病む負えず後退する。

 しかし、退いた左足が踏んだのは、屋上の床では無かった。


 ただの虚空。


 己が置かれた状況に気づいた時には時既に遅く、私の体は地へと向かって落下した。

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