星々の裁定者

 試験室の最奥部。そこにはおぞましい光景が広がっていた。

 無尽蔵に並ぶ円柱型のカプセル。その中には多種多様な生物が納められており、中には人間を含めた知的生命体が数多く眠っていた。


 そしてカプセルに囲まれた空間にテーブルが一つ。

 

 「さて、どこから話そうか」


 最高司令官はテーブルの裏側へ回ると、こちらへ向き直った。 

 

「まず、アステルは多元宇宙論という言葉を聞いたことが――待て、どうして、そんな眠そうな顔をする?」


「申し訳ありません。物理学ぽい話を聞くと眠くなる体質でして……」


「どんな体質だよ。仕方あるまい……できるだけ簡潔に話そう。以前、レギオンについて分かっていることは殆ど無かったが、近年では様々な発見がされている。その一つが、レギオンの構造だ。レギオンの構造を模倣することで完成した――擬似レギオン。君ならなんの事か分かるだろう?」


 レギオンの構造。

 これに関してはシドから何度も聞かされた。レギオンは『体』と『器』で構成されている。


裁定者ラプトールですね?」


「正解。よく出来ました。そう、裁定者ラプトールは擬似レギオンだ。しかし、所詮は生身の器。魔力変換効率には限界がある。ならば、どうするべきか――道は一つ。人工的に器を作るまでだ」


「正気ですか?」


「帝国に属する科学者は皆正気では無いよ」


 彼は『何か素晴らしい事』について話しているような表情をしていたが、結局やりたいことは『非人道的な兵器開発』だ。


「そして計画発案者である先代最高司令官は新たな裁定者ラプトールを『始まりの希望』として元形アーキタイプと名付けることにした」


 薄笑いを浮かべた最高司令官が再び手を叩くと全てのオーブが崩れ、代わりに銀色の箱が現れる。

 箱の中には虹色の因子が入っていた。


「これは?」


「人工因子さ」


「レギオンの遺体を加工したものでは無く?」


「あぁ、正真正銘の完全人工物である因子だよ」


 最高司令官は銀色の箱をテーブルの隅に置き、代わりに七体の人形を並べた。


「秘密裏に先代最高司令官の命令を受けていた、この研究所は、レギオンが持つ因子を、超える出力を誇る人工因子の生成には成功した。しかし、研究が難航したのはこれから。器を作る過程で、まず最初に選ばれたのは、もし計画が露見しても人道的な問題が問われない自動人形オートマタだ」


 最高司令官はお姫様の人形を掴むと、テーブルの端へ置いた。


「当時、研究所を運営していたオーウェル博士は彼の妻である人間を模してルイーズという自動人形オートマタを作ったが、研究の最終段階で自動人形オートマタに因子を移植した場合、自我制御が効かなくなることに気づいた。ルイーズを軍事用では無く、医療用として運用することにした」


 お姫様の人形が姿を消すと、次に男の人形四人が並ぶ。


「仕方がなくオーウェル博士は次の手段として、遺伝子操作された赤子デザイナーベイビーを作ることにした。この赤子は誰だと思う?」


「お父さ――いや、閣下ですね?」


「ご名答。しかし博士は私を作ると、己の罪深さに気づき命を絶った。酷い話だねぇ」


 天使の姿をした人形が机から落とされる、

 嘲笑うかのような笑い声が聞こえるが、きっと彼は『酷い』などと考えたことは無いのだろう。


「残されてしまった私は帝国軍に入り、最高司令官の職を引き継いだ。そして遂行者が居なくなったアーキタイプ計画も引き継ぐことにしたんだ」


「でも、貴方というアーキタイプが完成したのだからもう計画を続ける必要は……」


「あるさ。アーキタイプは『最初の人工 裁定者ラプトール』。つまり二人目を作るまで終わりは迎えない」


 


「私は手始めに自身の分身――いわゆるクローンを三体作った。もちろん、全て失敗作だ。一人目はב‎ベト。君を研究所から連れ出して逃げた裏切り者」


 背が高い人形がテーブルから落とされる。


「二人目はג‎ギメル。秩序に対する背徳者。一番の罪人。慈悲のかけ方を間違えた二人目はシムクルスターの地下で奴隷同士を戦わせて、勝者に自由を与えていた」


 愉快そうな表情をした人形が倒されると、ひとりでに崩れ去った。


「三人目はד‎ダレス。君がシドと呼んでいる存在だ。あいつは他二人と比べて身体的に異常は無かったが、代わりに『感じる』ことが出来なかった。味覚が無い。痛覚が無い。他人に共感出来ない。ただの不良品」


 一番背が低い人形をよく見ると、所々傷だらけになっていた。


「シドは不良品ではありません……」


 彼の話が本当ならば、シデンに力の使い方を諭したのが最高司令官。私が父と慕っていたのが、一人目。シデンに雷の因子イーラを授けたのは二人目。そしてシドが三人目だ。


 かつての私は、全ての謎が解けたならばこの上ない開放感に包まれると思っていた。

 しかし、現実は残酷だ。

 今この身を焼くのは燃え上がる感情のみ。



『それは怒りだ。怒りは力となり糧となる。全てを破壊すればいい』



 因子の声が聞こえると共に頭痛が襲う。

 今はこの感情を抑えなけばならない。

 

「閣下。先ほど貴方は二人目が私を連れ出したと仰いました。『連れ出した』ということは私も作られた存在だという事ですね?」


 自ら最後の人形を掴む。

 栗色の髪をした、それはどことなく自分に似ていた。


「あぁ、正解。よく出来ました。そうだよ。クローンの生成に失敗した私は、胎児の培養技術を使って私と近い遺伝子を持つ個体――即ち子孫を残そうとした。そして作られたのが君だ。星々の裁定者アステル・アーキタイプ


 鼓動が早くなる。

 呼吸が荒くなってゆくのは、因子の力か、あるいは怒りか。


「何を言っているんですか!」


「諦めなさい。これが現実……」



「子供は、結婚したらコウノトリが運んできてくれるって、師匠が言っていました!」



 薄笑いを浮かべていた最高司令官の表情が真顔に戻った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る