「こっちにおいで、可愛いアステル」


「その小動物……」


「アァ、こいつか? さっきから廊下をウロチョロしていたから捕まえたんだよ。重機にでもかれたら可愛そうだ」


「もしかして小動物がお好きなんですか?」


「小動物が嫌いなヤツなんて、銀河中どこを探してもいねぇよ」


 人は見かけによらないと言うが――まさしくその通りの状況であった。


 彼の頭上に乗るモフモフを観察するべく近づくと、逆にモフモフの方から近づいてくれた――いや、厳密に言うと飛びつかれた。


「キューーイ!」



 てのひらサイズのモフモフが視界を覆う。


「待って。何でよりにもよって顔面に飛びつくの!」


 うっかり素の口調に戻ってしまう。

 なんとかモフモフを顔面から引き離すと、開けた視界の先には腹を抱えて笑うブラフマが居た。


「こりゃあ傑作だなァ。じゃあ、そのチビ助はお前に預けるわ」


 ブラフマは軽く手を振ると、そのままルイーズと私の間を通って立ち去ろうとする。


「待て。どうしてそうなる?」

「じゃあな」


 聞く耳を持たないブラフマはそのまま廊下の奥へ姿を消してしまった。

 さて、どうしたものか……。


 こうなれば仕方ない。

 モフモフを研究所の外に連れ出すべく、一歩踏み出すと、今度はモフモフが掌から抜け出した。そして、付いてこいと言わんばかりに鳴き声を上げながら走り出す。


「おい、待ってくれ!」


 モフモフを捕まえるために手を伸ばすと、ルイーズが震えた声で制止する。


「そっちのスペースは関係者以外立ち入り禁止ですよぉ!」

「分かった。さっさと捕まえて、ここへ戻って来よう」


 ルイーズは不満げに頬を膨らませると、そのままそっぽを向いた。

 

「ならさっさと行って下さい。ルイーズは何も見ませんよ。見たことは全てルナベル様に話す義務があるので」

「ありがとう。ルイーズ」


 ルイーズがをしているうちに、モフモフと距離を詰めるべく、廊下を走り抜ける。

 

 モフモフの手足は体調と比例して短い。

 つまり一歩あたりのリーチも少ない筈だったが……。


――どうして距離が詰まらないの?


 いくらスピードを上げてもモフモフとの距離が詰まらない。


 こちらが加速した分だけモフモフもスピードを上げる。

 こんな。あり得ない。

 怖い。怖すぎる。もはやホラーだ。


 小動物とのチェイスが始まってから二分後、やっと距離が詰まってきたと思いきや、突如減速し始めたモフモフは研究室の扉前で立ち止まった。


「やっと捕まえた。ほら、良い子だからこっちにおいで――」


 モフモフを掴もうとしたその刹那。どこからともなく男性の声が響く。


「答えはこの中にあるぞ」


 慌てて周囲を見渡したが、人影は何処にも無い。


「おい、何処見てんだよ。こっちだ」


 つまりこの状況から導き出される答えは一つ。


「犬が喋ったぁ!」

「俺は犬では無い。あと叫ぶな。見張りが来るぞ」

「この状況で叫ばない者など居なかろう。というか、どうやって言語を話している?」

「声帯を使っているに決まっているだろ」

「そういう問題では……」


 走れども、走れども追いつかない犬が突然喋る。

 もはや夢ではないかと疑いたくなる程ツッコミどころ満載の状況だが、今は彼の言う通り叫んだりすることは得策では無い。


「お前が言うところの『答え』とは何だ?」

「君が求めてきた答えだよ。自身の出生について調べに来たのだろう?」


 モフモフはフンッと鼻で笑うと、扉の方を見た。

 こちらも同じ方向を見ると『第一試験室』と書かれた看板が目に映る。


「この中に答えがあるのか?」

「そうだ」

「お前の言葉に嘘は無いな?」

「無いぞ。もし、ここの実験記録を調べて何も得られなかったら、俺を切り裂いても構わん」


 実験記録。その言葉を聞いた途端、寒気が走る。しかし、ここまで来たのだ――今更立ち去る訳にもいかない。


 自動ドアの傍にはカードキーを差し込む為の穴があった。

 部外者を入れない為の措置だろう。

 無論、私はカードキーなど持っていないので、雷魔法を用いてドアのセキュリティシステムをハッキングする。


「もしバレた時はどうする?」


 念のため問いかけると、モフモフは自信満々で返答した。


「その時は俺に任せな」


 


 




 

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