3章 無為の裁定者〜泡沫のコッペリア

 シリアスな雰囲気が台無しだよ

 ティエン・シャンから帰還後、報告書を纏めると、ルナベルは私を審問官に推薦するべく再び帝都へ向かった。 


 これは後から知った事実だが、基本的に審問官になるには二つの条件がある。一つは、ベテラン、もしくは元審問官に推薦してもらうこと。そして、もう一つは帝国直属士官学校での学歴があること。


 大抵の審問官は推薦の為に必要な実績を積ませるために極秘任務に行かせる。

 つまり、私以外の審問官候補も、何かしらの任務に派遣されていた。



 その内生き残ったのは約半数。



――明日が来ることを疑わずに眠る。


 今ならば、それがどれだけ尊いものなのか理解できる。



 ルナベル宅のダイニングにて、物思いにふけっていると、こちらから見て対角線上にある扉が突然開いた。


「アステル様。首狩りゲームしましょ!」


 扉から顔を覗かせたのは今日も元気一杯ルイーズであった。


「シリアスな雰囲気が台無し……ちょっと待った、何だその猟奇的なゲームは?」


「首狩りゲームですよ? やったことありませんか?」


 ルイーズがポケットからトランプに似たカードを取り出す。カードの絵柄は兵士から犬まで様々だった。


「無い。初めて見た」


「そーですか。ならルールを説明しますね」


「まだ、やるとは言っていな――」


「まず最初にルーレットを回して、出てきた絵柄のカードが王様です。基本的なルールは王様の首を狩れば勝利で……」


 ダメだ。話が通じない。

 こうなったら適当にルイーズの相手をして帰ってもらうしか……。



 そう思った、その時。


 再びダイニングの扉が開いた。


「やぁ、二人共楽しそうだね」


 中身は成人済みの白髪少年。

 シドである。


「お母様の側近であるルイーズならともかく、全くの部外者である貴方がどうしてここにいるの?」

 

 思わず叫んでしまった私の肩を、ルイーズが叩く。


「素のアステル様に戻っていますよ……」


 まずい、やってしまった。

 ひとまず咳払いをする。


「ともかく、シドはどうやってこの家に入ったんだ?」


「普通に家のオートロックをハッキングしただけだよ」


「それを人は犯罪と呼ぶんだよ」


 己の周囲に稲妻のごとき火花が散る。

 うぅ、因子に呼びかけられている訳でも無いのに頭痛がしてきそうだ。





「ルイーズ、キッチンから飲み物を持ってきて」

「はーい」


 首狩りゲームなる遊びを初めてから三十分。二人の奇想天外すぎる行動への対応に疲れた私は、ゲームを中断するべくルイーズにお使いを頼んだ。


 実を言うと、シドと二人きりで話す機会が欲しかったという理由もあるが……。


「シド。少し聞いてもいいか?」


「いいよ。僕に答えられる範囲なら何でも」

「ありがとう。これは以前から気になっていた事だが


 いつもはぶっきらぼうなシドが珍しく口角を上げる。



「四人いるよ」



 父の二重人格疑惑。

 シドと父の首筋に刻まれた文字。


 これらの奇妙な事実は『実はシドは――シドや父を含めた同じ個体が複数人いる』という仮説で解決できる。


 シドの姿が小学生ほどの少年そのものであった為、今まで気づかなかったが、彼の顔をよくよく観察してみれば父の面影があった。


「残念だけど詳しくは教えられない。話すことを禁じられているからね。それでもヒントはあげられる」


 ブルーの瞳が三日月形に変わる。


「フランドレアという惑星に『オーウェル研究所』という元民間の研究所がある。そこに行けばいい」


 民間の研究所――どこかで聞き覚えのある言葉だ。


「もしかして、その研究所はルイーズが開発された場所か?」


 シドが首を縦に振る。


「そうか、ありがとう。申し訳ないがあともう一つ聞きたい」


「どうぞ」


「シドは私の味方か?」


 先ほどまでニヤニヤと笑っていた彼の表情がいつも通りの無表情になる。




「君からしてみれば僕は至って平均的な人間に見える――以前君は僕にこう言ってくれた。もし僕に君の味方をする理由が必要ならば、この一言で十分だ」

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