祈りを継ぐ者

 蓮桂樹の修理が始まってから数時間後。

 今まで散乱していた記録データの隙間が埋められてゆく、心なしか蓮桂樹自体の輝きも増していた。


 真剣な表情で蓮桂樹と向き合うシド。

 その姿を観察していると、ある違和感に気づく。長時間の作業に備えてか、薄着に着替えたシド。いつもならば見えない彼の首筋が見えるのだ。


 そこには何やら文字が刻まれていた。



 白い髪。青い瞳。首筋に文字。



 三つの言葉が脳内で回転し吐き気を催す。

 

 そのまま倒れてしまいそうになったが、後方からルイーズの声が聞こえたことで、なんとか意識を保つことができた。


「シドさん凄いですねぇ」


 その様子を眺めながら目を輝かせるサランが顔を輝かせた。


 初めて見た精密機械を修理できる能力はもはや「凄い」の一言で片付けるレベルでは無いと思うが――。


「ほう。これで妾もしばらくは休めるな」


 そして、肝心の曇月は何も驚いていないようであった。


「師匠。折角せっかく再会出来たのにまたお別れですか?」


「残念ながらこの記録体も長くは持たなくてね。それに――」


 曇月は弟子が握っている目隠しを取り上げると、魔法を使って消し炭にしてしまった。


「そろそろお前にも親離れして貰わないとね。その虹色の瞳で銀河中の美しい物を見てくればいい」


「はい。師匠」


 蓮桂樹の真なる守人は再び暗い顔を浮かべる弟子の名前を呼ぶと、ニッコリ微笑んだ。その姿は我が子の旅立ちを祝う母のようだ。


「そうだ。最後にとっておきの魔法を教えてやろう」


 そして曇月の体が光の粒へ変わる。


「とっておきの魔法?」



「そう。この銀河で一番とっておきの魔法。それはね、『誰かの為に尽くした事は、いつか自分の幸福として帰ってくる』ということだよ」



 曇月が姿を消した。その刹那。

 虹色の瞳から一筋の涙。



「結局、そのお人好し体質のせいで身を滅ぼしたくせに……」





「アステルさん。こうして無事ハッピーエンドを迎えた際にやらなければならない事がありますけど、何か分かりますか?」


「分からないな。教えてくれ」


「パーティーですよ」


「悪いが私はそのようなパリピテンションの常識は持ち合わせていない」


「パリピ?」


「すまない。こっちの話だ」


 再び戻ってきた蝶恋花。

 円卓の上には十五種類ほどの料理が並べられている。

 

 そして、サランとユウミンは、まるで誕生日パーティーではしゃぐ子供のようであった。


「アステル殿」


 サランへの対応に困っていた私に曇花が話しかける。


「何だ?」


「我はアステル殿の要求を飲み、その裁定者ラプトール名簿とやらに名を登録しても構わぬ、ただし師匠との約束を破る訳にもいかん。だから――」


「あぁ、好きにするといい。その目で銀河中の美しい景色を見て回るといいさ」


「そうさせてもらおう。感謝する」



「それよりも裁定者ラプトール名簿に登録する際に裁定者ラプトールとしての名が必要になるが、何がいい?」


「そうだな……」


 曇花はあごに手を乗せ、少し悩み込んだ。


「それなら流転の裁定者ラプトールがいい。かつて師匠が名乗っていた裁定者ラプトール名だ」


「分かった。流転の裁定者ラプトールだな」


「あぁ。我は直接帝国に手を貸す気はないが、アステル殿を含め貴様達には恩がある。もし手が焼ける事態に陥った時は我を呼ぶといい」


「ほう。これは頼りになるな」


 頷きながら茶をすすると今度はユウミンが話かけてきた。


「私、今まで帝国の方々は皆怖くて乱暴な方ばっかりだと思ってましたが、アステルさんは優しいですね」


「ユウミンには私が善人に見えるのか?」


「えぇ、とても良い人に見えます。あの――アステルさんはどうして皇帝に忠誠を誓っているのですか?」


 アステルとしての人生で皇帝に忠誠を誓ったことは一度たりとも無いが――ユウミンからしてみれば私も皇帝の犬か。


 とはいえ、ここで正直に『推しの身に何があったのか調べる為』だと伝える訳にはいかないので、適当に話を逸らすことにする。


「私の事情は話せないが……君達はどうして大多数の市民が帝国に従っていると思う? 一般論としてね」


「一般論……うーん」


 サランとユウミンが頭を抱えて考え込む。

 少し可愛い。どうやら話を逸らすことに成功したみたいだ。

 長く悩んだ末、先に口を開いたのはユウミンだった。


「それはやっぱり……レギオンに対抗できる勢力が、帝国しか存在しないからでしょうか?」


「僕もそう思います。現在、帝国は、一般市民が兵器と成りえるものを持つことを禁止している。これでは市民は帝国に服従せざる負えない……」


 子供とは思えない鋭い発言だ。


「良い意見だね。正解の一つだ。でも、もし君達がそれをおかしいと思うならば、現在この銀河中に存在する対レギオン兵器を全て対生命体兵器として転用すればどうなるか考えてごらん?」


 サランの表情が強張る。


を抑えられるのは更に強大なだけだ。これまでの兵器開発で我々知的生命体は、もう後戻りできない程の過ちを犯してしまった」


 茶杯に映る己の姿を見る。

 きっと私自身も、もう後戻り出来ない場所まで来てしまった。


「そうですか。残念です。アステルさんとは、意見が合わないようで……」


「私も残念だ。もし、君が大人になっても、考えを変えないというのならば、私が君を止めよう」


「はい。望むところです」


 茶杯を掴み、中身をすする。


 そして、ある事実に気づく。




――もしかして、死亡フラグ立てちゃった?






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