曇花の花言葉は「ただ一度会いたくて」

「どきなさい、雲花。わらわはお前まで失いたくはない」


「いいえ、私はどきません」


「どうしてだ?」


「この方々は神器に害なす者ではありません。師匠こそどうして――今まで何処に行っていらっしゃったのですか?」


 流転天仙の正体は雲月の亡霊では無く、弟子である雲花だった。

 これだけなら良い。

 彼から経緯を聞いて報告書を書く、そしてタンファを裁定者ラプトール名簿に加える。それだけだ。

 しかし、現在我々は亡くなったはずの雲月と対峙している。


「雲花。お前は一つ誤解している。ここに居るのは本物の雲月では無い」


「ならば何だと言うのですか?」


「記録じゃ」


「つまり本物の師匠は……」


「もうこの世にはおらん」


「そんな……今までずっと貴方が帰ってくる事を望んで待っていたのに」

 

 そして、雲花は彼女が亡くなったという事実を知らなかったようだ。

 膝をつく雲花の傍に師匠たるタンユェが歩み寄る。


 雲花が目隠しを外すと、虹色に輝く瞳が姿を現した。


「真実を知る覚悟が出来ました。どうか今までなにがあったのか教えていただけませんか?」


 落ち込む弟子の様子を見たタンユェはゆっくりと頷いた。


「うむ。良かろう。さて――」


 そして、状況が飲み込めず唖然とするこちらを見据える。


「お主達にも今まで何があったか話してやろう。その上で神器を奪うか決めるが良い」


「別に我々は神器を奪いに来た訳では――」


「ほう。蓮桂樹の予測では神器は貴様達の手に渡ろうとすると出ているが?」


 なんだろう。この人達、蓮桂樹が予知する運命に人生を支配されている気がする。


「さて、遠い昔の話じゃ」



*


 まだティエン・シャンに仙人が現れる前、妾はこの惑星にしか存在しない、ある物質について調査していた。


 この物質とはお主達が『胞子』と呼んでいるものだ。当時は別の名があったが、今は便宜上『胞子』と呼ぼう。


 当時『胞子』は薬として使われていた。 

 病の症状を和らげる妙薬じゃ。


 妾も『胞子』を使って医療費の払えない貧しい者を治療していた。安値で彼らを治療し、本当に無一文の者には仕事を提供した。


 妾の元で働いていた子供達は皆揃って妾を師匠と呼び、妾を天仙と呼んで崇めた。 


 そんな平和な日々も長くは続かん。

 異変は突然現れた。

 胞子を吸収した患者の中に、いわゆる仙人化する者が現れたのだ。

 患者の病は一時的に治ったが、それも束の間。患者の体は急激に腐化し、やがて命尽きてしまった。


 そして『胞子』の危険性に気づいた妾はすぐさま、『胞子』の排出を抑える為の研究を始めたのじゃ。



 あぁ、そういえば『胞子』がどこから現れるのか説明していなかったな。本来『胞子』が存在するのは地底じゃ。地底から少しずつ吹き出る。


 それを解決する為に妾が開発したのがこの蓮桂樹。蓮桂樹は地底から『胞子』を集めて分解してくれる。

 そして演算機能は効率良く『胞子』を分解する為にとりつけた物だが――どうやら上手く機能していないようだな。



 ここからは、雲花。お前の話だ。



 私がお前に出会ったのは、お前がまだ赤子だった時。

 お前の母親も妾を師匠と呼ぶ者の一人であった。生真面目で美しい人だったよ。

 しかし、あの女はある時、流行病にかかっ

て命尽きてしまった。


 そして妾としたことがな――あの女から赤子の名を聞いていなかったのだ。

 結果的に赤子を引き取ることになった妾は赤子に曇花と名付けた。

 妾の故郷では名付けをする時、一文字目は親の物を引き継ぐという習わしがあってな。   曇月から一文字取って曇と名付けた。


 それから曇花、お前は兄弟子達の背を見ながらスクスクと育ったよ。

 生まれつき足が動かないお前を他の弟子は邪険に扱わぬか心配であったが、杞憂であったようだ。


 蓮桂樹の研究も終盤まで至り、やっと運用できるようになった頃。



 しかし幸せというものは手に入れればやがて失うものだ。


 

 腐化や仙人化の症状が一般的に知れ渡るようになった頃。腐化の原因は妾の呪いによるものだという噂が広まった。


 噂を広めた者の狙いは妾の因子じゃ。

 分かっておる。

 

 そして、この噂を信じる者の一部が妾の医院を襲撃したのじゃ。

 そう妾が他の惑星に遠出していた隙にな。


 全て失った。

 愛する弟子も、守るべき患者達も。


 でも曇花。お前だけは、辛うじて息をしていた。だから妾はお前に因子を譲り渡すことにした。

 風の因子アケディアの力があれば、命を繋ぎ止められると考えたのだ。


 結果は妾の目論見もくろみ通り、曇花、お主は生き残った。代わりに妾の記録だけがこうしてこの世に残ることになったがな。



*



「そんなことが――しかし、どうして我は今までそんな大切な事を……」


「そう己を攻めるでない。知的生命体なら誰しも嫌な記憶は忘れようとするものだ」


 曇月は静かに蓮桂樹を見上げる。


「さて、妾は未完成となってしまっ蓮桂樹は胞子を分解しきれずに、撒いているようだ。どう修理したものか……」


 なるほど。そのような事情があるなら、なおさら蓮桂樹に手を出す訳にはいかない。


 こちらの事情を伝えるべく曇月に近づこうとすると、いつの間にかシドが蓮桂樹の根元に移動していた。


「あぁ、これの修復なら楽勝ですよ」


 ニヤリと笑うシドを曇月が信じられないとう様子で見下ろす。


「そんな、馬鹿な」

「なにせ僕は天才マッドサイエンティストですので」


 もしや蓮桂樹の演算に出てきた『帝国軍が蓮桂樹を奪おうとする』とはこの事であろうか。



 



 

 

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