おじいちゃん。飯ならさっき食べたでしょ
こぢんまりとした円卓に、サランが持参してきた料理が並ぶ。朝日が差し込む窓の外を見れば、桃色の葉が茂る奇妙な木が植えられていた。
建物の周りを囲む池で泳ぐ魚は錦鯉であろうか。
庭を覆う霧は皆無。どうやらティエン・シャン中を包む霧ですら流転天仙の住処では非力らしい。
――あるいは霧自体が流転天仙の住処を隠す為の役割を果たしているのか。
「ほら、君達も食べたまえ」
住処から漂う荘厳な空気とは対照的に、肝心の流転天仙は蒸し春巻きを頬張っていた。折角の威厳が台無しである。
ちなみに登場時、体をフカフカ浮かせていた流転天仙は家の中でも浮遊していた。
恐らく腐化により足が動かないのだろう。
「ではお言葉に甘えて」
流転天仙が皿をこちらに差し出すと、優等生サランが早速蒸し春巻きを一つまんだ。
そもそもこの蒸し春巻きはサランが持ってきた物で、流転天仙が己が作ったかのように振る舞うのはおかしい――という事実は突っ込んではいけない。
丁度小腹が空いたので私も蒸し春巻きを一つ頂くことにする。
ティエン・シャン固有種の肉に、もっちりとした皮、そしてピリ辛いソース。
ふむ。これは絶品だ。
「そこの小娘は食わぬのか?」
三つ目の蒸し春巻きを完食した流転天仙は、一人だけ何も食べずにニコニコしているルイーズへ質問を投げかけた。
「ルイーズは
「『おーとまた』とは何だ?」
首を傾げる流転天仙へシドが説明する。
「つまり傀儡の類か」
「高名な流転天仙でも
「何だ。その言い方は」
声を荒らげる流転天仙へシドが反論しようとしたので、争いを止めるべくシドの右腕を摘む。
「ほう。山の外ではそのような技術が確立していたのか。このように人間と区別がつかぬ傀儡を作るとは随分と研究熱心な輩がいたものだな」
「天仙様からしてみてもルイーズは人間に見えますぅ?」
頬に両手を当てたルイーズが満面の笑みを浮かべる。
「うむ。本当に心があるように見える」
「まぁ、嬉しぃ!」
ルイーズは明るい声で返答したが、心做しか表情が少し悲しげになった。
「ところで
今度は私が質問を投げかけると、流転天仙は縦に首を振った。
「あ我は長き時を山中で過ごしている。故に俗世には疎い……あぁ、そうだ。天仙様という呼び方は辞めてくれ。私には
雲花?
曇月では無く?
「分かった。雲花さん今回我々がここを訪ねた理由だが――今山の外では降り注ぐ蓮桂樹の胞子が増えていることは知っているか?」
「初耳だ」
やはり外の様子は把握していなかったらしい。怪訝な表示を浮かべる雲花に外の状況を説明する。
「ふむ。分かった。要するにそこのサランとかいう子供は外の異変を止めるべく蓮桂樹の様子を見に来たのだな」
「あぁ、その通り――その通りだがサラン以外の者には別の目的がある様な言い方だな」
「ふん。お前達『ていこくへい』は我を脅しに来たのであろう。従わねば殺すと」
「あくまで我々は平和的な交渉をする為にここへ来たのだが、貴方の予測はあながち間違えていないよ」
「当然だ。蓮桂樹の予知能力を舐めるな。三百年前から貴様達が来ることは把握済みだ」
「だから我々の宇宙船をすぐさま攻撃したのか?」
「宇宙船など知らぬ。我が貴様達を攻撃したのは先ほどが初めてだ」
どういうことだ。
あれが雲花の攻撃で無いと言うならば、犯人は誰だ?
「なるほど。どうやら蓮桂樹は我々が思っているより素晴らしい神器らしい。さてどの様な魔法が使われているのか……」
「貴様達に説明しても分からんよ。蓮桂樹は星の数ほどの記録を元に未来を演算しているのだ」
「あの…それコンピューターですよね?」
何ならAIの類ではなかろうか。
「いや、神器だ」
「コンピュー……」
「神器だ」
「はい」
ひとまず蓮桂樹の正体はAIだと仮定して、これが真実ならば雲月の伝説とは大きな矛盾が生じる。
伝説上では蓮桂樹は曇月の遺体から蓮桂樹が生えてきたのだから。
「タンファお爺様、その蓮桂樹とやらをルイーズ達も見たいです!」
悩み込み口を閉ざした私を見て何かを察したのかルイーズが天真爛漫な表情で立ち上がる。
「お爺様……小娘、今、我をジジィ呼ばわりしたか?」
火に油を注いでしまったらしい、
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