流転の裁定者

 戸棚に並んだテラリウム。綺麗にまとめられた革表紙の本。そして花の彫刻が彫られた木製の机。

 こちらの予想とは裏腹にルナベルの執務室には、訪れる者をリラックスさせる物ばかり並べられていた。

 

 私を執務室に招き入れたルナベルは、膨大な資料が映し出されたタブレットを差し出した。


「これは何でしょう?」

「ティエン・シャンに伝わる『流転天仙』の伝説についてまとめた資料よ」


 ティエン・シャンは私が修行の為、シデンに連れていかれたあの惑星だ。

 そしてルナベルが渡してきた資料には彼女の言う通り『流転天仙』に関する噂がまとめられていた。


 噂を要約すると『ティエン・シャンの蓮桂樹れっけいじゅは、数百年先を見通す神器である』『神器を守る天仙を流転天仙と呼ぶ』というものである。


 資料の中には一部の者しか知り得ないプライベートな情報も多々在り、偵察用ドローンや諜報員が役割を全うしていることがよく分かる。


「この『蓮桂樹』とは何ですか?」


 ルナベルは手元の資料を片付けると静かに語り始めた。


「まだ銀河を連合国が治めていた程昔の話、ティエン・シャンには一人の裁定者ラプトールが居た。名を曇月タンユェと言う。曇月は優しかった。誰よりも優しい彼女は魔法を使って人々の病を癒した――」




 

 因子の力を人助けにしか利用しなかった曇月は人々から愛されていた。

 でも、残念ながら献身的な善人ほど報われない存在は居ないわ。


 ある日、一人の女が曇月の力に目を付けて彼女を殺害したの。

 因子を手に入れる為にね。でも因子は回収出来なかったわ。

 何故なら肉塊と化した彼女の遺体から巨木が生えてきたから


 その巨木こそが『蓮桂樹』。


 『蓮桂樹』からは金色の胞子が降り注ぎ、胞子を浴びたティエン・シャンの人々には翼が生え、肌は雪のように白くなった。

 そして彼等は三百年程の寿命を手に入れ、自らを仙人せんじんと称するようになった。


 それなりに長い寿命を手に入れた仙人達が現を抜かしていた頃。

 ある一人の仙人が『蓮桂樹』の様子を見に行った。

 『蓮桂樹』の周りはいつも霧に包まれていて、詳しい様子は確認できなかったけど、木のふもとに人影を見つけたそうよ。


 ティエン・シャンの人々はそれをタンユェの亡霊だと考え『流転天仙』と呼んで崇めるようになった。


 「我々は『流転天仙』の祝福を受けた選ばれし存在」だと自称するようになった。


 まぁ、この世界に無償で手に入る奇跡など無いのにね。


 変化が訪れたのはその三百年後、寿命が訪れた仙人の体から蓮の模様が現れるようになった。そしてその模様は全身へと広がり、やがて体は苦痛と共に灰になる。塵一つ残らない。


 ここでやっと仙人達は気づいたの。


――あぁ、これは祝福では無く呪いだと。






「本当におとぎ話の様な伝承ですね。その『流転天仙』も空想上の存在では無いのですか?」


「いいえ。最近、帝国の研究員が『蓮桂樹』の周りに何があるのか計測したの。そうしたら霧の中から因子反応があったそうよ」


 因子反応は『裁定者ラプトールが魔法を使用した際に示す反応』である、則ち――。


「『流転天仙』は本当に存在する?」


「せいかーい。『流転天仙』は実在していて、その正体は裁定者ラプトール。そして貴方の任務は『流転天仙』という無登録裁定者ラプトールを秩序の元へ下るように説得すること」


 ルナベルはニッコリ笑うと、そのままウインクした。


「そんな『ちょっとお使い行ってきて』みたいなテンションで言われても」


「あらぁ、この程度出来なかったら貴方は『それまでの存在』だと証明してしまうことになるわよ」


「うぅ」


 よくよく考えてみれば審問官は帝国が集めた『対裁定者ラプトール戦力』である。相手がどれだけ未知の厄災ラプトールでも対処出来なければ意味が無い。


「あぁ、別に一人で行けとは言わないわよ。信頼できる部下を一人をつけるから」


「えーと、つまり私が司令官ですか?」


「そうね。だからその子供ぽい雰囲気をどうにかしなさい」


 どうにかしろと言われても……。

 あれこれ策を考えてみたが、それより前に一つの疑問が生まれた。


「あのー、もし説得に失敗した場合は?」

「そんなの決まっているでしょ?」


 ルナベルはデスクに置かれた赤色の果実にナイフを突き立てる。


 すると純白の皿に赤色の飛沫が散った。





「久しぶりですぅ。白艦の王子様!」


 執務室を出ると見覚えのある人物が待っていた。

 廊下へ出るや否や急に抱きついてきたルイーズと、白髪の研究員だ。


「やぁ、久しぶり。霹靂の裁定者ラプトール


「あぁ、久しぶりだな。シドとルイーズ」


 二人に挨拶をすると妙に人間味がある自動人形オートマタと研究員は顔を見合わせた。


「何、その話し方?」


「ちょっとシド、あれですよ。女の子って年頃になるとイメチェンしたくなるというか……垢抜けるというか」


 待って。辞めて!


 なんだか恥ずかしくなってきたから!







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