2章 流転の裁定者〜永久楽土の主
食堂ではお静かに(物理)
「プリンソーダと、シャワルマ一つ下さい」
「あいよー」
カウンターの前で注文したい料理を述べると、身長が推定三メートルあろう食堂のおばちゃんが料理を並べてくれた。
全てをトレイに並べ、食堂の席に着く。
一人で食事を取ろうとする私を、同世代の子供達が囲んでいた。
人間以外の種族が大半なので、本当に同世代なのかは判別不能であるが……。
ルナベルの義娘になってから四年。
私は十八歳になった。
帝国幹部である審問官の養子になるということは、中世ヨーロッパを舞台にした異世界ファンタジーで例えると、『庶民の娘が貴族の養子になっちまったぜ』という万々歳な状況である。
私の場合、そういい訳にはいかないが。
ラモノワールという姓を与えたルナベルは手始めに私を帝国直属の学校に放り込んだ。
この学校は表面上、帝国の中でも一際豪華なエリート校に見えるが、実態は違う。
結局、この場所は『秩序』に忠実な将校――いや、『秩序』の捨て駒を育成する機関だ。
ルナベルは私を学校に入れる理由として「貴方には教養が必要だから」などと述べていたが、理由は十中八九、監視の為だろう。
なにせ、この学校は基本的に全寮制だ。
「やぁ、君がアステル?」
食事を頬張りながら物思いにふけていると、一人の男性が話かけてくる。
ウルフヘアーにセットされた金髪とソバカスが特徴的な人間だ。
彼の周囲には女子生徒が集まっていた。
取り巻きだろうか。
「そうです」
「君とは少し話がしてみたかったんだよ。確かラモノワール家の養子だっけ?」
男性はニヤニヤしながらこちらを見下す。
その目には『悪意』と呼ぶべき感情が渦巻いていた。
「養子の分際でよくこの場所にいられるよね。出身はどこのスラム? 虫でも食って過ごしていたの?」
男性の言葉を聞いた取り巻きが、クスクスと笑う。
これがシデンであったならば、間違い無くコイツの顔面にストレートパンチをお見舞いしていたことであろう。
「大した用が無いならお引き取り願います」
「そんな堅苦しい事言わないでくれよ。俺さ、最高議長の息子なんだよね。ほら君、顔は可愛いし……」
「つまり、貴方は親の七光りしか取り柄が無い蛆虫ということですか?」
「お前、誰に向かって……」
男性はそう言って、手に持ったコップを傾ける。中身を私の食事にぶちまけるつもりだ。
素早く右手でプレートをテーブルの隅に避け、代わりに空の器で男がぶちまけようとした水をキャッチする。
「大体何を言いたいのか理解したので、ひとまず私の半径五メートル以内から離れて貰えないですか?」
水が入った器を男性へ差し出すと、先ほどまで愉快そうであった彼の口調が険しくなる。
「君さ。こんなことしてタダで済むと思ってんの?」
少し周りを見渡すと、いつの間にか他の生徒がこちらを観察しながらコソコソと話し合っていた。
「あのさ、何か言ったらどう……」
男性が大声を上げようとすると、彼の背後から何かが迫ってくる。
ナメクジのような下半身。おでこについた複数の目、そして三メートルはあろう巨大。
泣く子も黙る食堂のおばちゃんだ。
「アタシの
男性は慌てて取り巻きに助けを求めようとしたが、時既に遅し。
状況を察した取り巻き女性陣は瞬く間も無く、姿を消してしまった。
「俺は最高議長の息子だぞ。俺に楯突こうってんなら……」
「そんなことは知らないよ。ここはアタシの領域、何をしようがアタシの勝手さ」
おばちゃんはそう言い放つと、鍛え抜かれた右手で男性の襟元を掴んだ。
そして、そのまま彼を連行しようとしたその時だった。おばちゃんは、くるりと振り向き私を見据える。
「あぁ、そうだ。ラモノワールの嬢ちゃん」
「はい、何でしょう?」
「ルナベル様から伝達があるよ」
「お母様から?」
「今週末は帰ってくるようにだとさ」
この学校では週末にだけ実家に帰ることができる。
大半の生徒は実家へ帰っていたが、私は違った。多忙なルナベルは普段家に居ないので、帰った所で誰も居ないのである。
そんな彼女が急に私を呼び出した。
これはただ事では無い。
嫌な予感がする……。
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