新生.霹靂の裁定者
「ねぇ、その前にシデンさんは――師匠はどうなったのでしょう?」
こちらの質問を聞いた大男が高笑いする。
「くたばったに決まっているだろ。因子さえ無ければあの女も只人だ」
「殺したって言うの?」
「あぁ、恐怖と憎しみに打ちひしがれた顔をしてんなぁ。悔しいよなぁ。だってオメェみたいな弱者にはなにも出来ないもんなぁ。惨めだ。哀れだ」
あざ笑うかのように顔を近づけてくる大男に対しルナベルが怒りの表情を露わにする。
「お黙り。ブラフマ」
口を挟まれた大男――ブラフマは頭をかきながらルナベルを睨み付けた。
「オメェ、誰に口聞いてんのか分かってんのか?」
「あら、いくら貴方の階級が高かろうが、この計画の責任者は私よ。余計な口を挟むならあの方に報告するけど?」
ルナベルの脅しが効いたのであろうか、ブラフマは鼻で笑うとそれ以降何も言わなくなった。
「アステルちゃん。貴方の師匠がどうなったのか――これは私とブラフマも知らないの」
「どういうこと?」
「シデンさんが因子を手放した後の始末は最高司令官が直々に行ったの。だから審問官である私達に彼女の安否を確かめる権利は無いわ。一つだけ言える事は……残念ながら貴方がその方位磁石が示す場所に行っても待ち人は居ないということよ」
先ほどまでの高圧的な態度はどこへ行ったのやら。ルナベルの表情はこちらを哀れむようなものに変わっていた。
ここまでに様子から察するに、彼女は他者の仕草から心情を読み取って、その場に最適な対応をするのが得意なようだ。
良く言えば『世渡り上手』悪く言えば『計算高い偽善者』。
ルナベルの発言が真実であるかどうかは分からない。
少なくとも、ここで師匠の安否に関する情報は得られないだろう。
ならば今できることは二つ。師匠から託された因子を守ること。
そして帝国の内部に侵入して情報を得ること。
「ルナベルさん。取引しましょう」
「まぁ、思い切った提案ね。勇気ある決断であることは認めるわ。でもね、アステルちゃん。取引で欲しい物を得るには相手が喉から手が出るほど得たい物を差し出さなくてはいけないのよ。そして今私が差し出そうとしているのは他ならぬ『貴方の命』。つまり、この状況で取引をするには貴方が圧倒的に不利なの」
「そのぐらい分かっている……」
「ならば聞いてあげましょうか。貴方が差し出すものはなぁに?」
未だに癒えぬ体中の傷が与える痛みを堪え、ゆっくりと立ち上がる。
そして喉の奥から声を振り絞った。
「私自身だよ」
「へぇ」
「帝国軍の
この言葉を聞いたブラフマは開いた口が塞がらない様子であったが、ルナベルは相変わらず平然としていた。
「いいわ。取引成立よ。ただし、本当に『利益』をもたらしてくれたらだけどね」
「望むところだよ」
「そう。なら早速、貴方の名字は何かしら?」
――名字?
そういえば私には名字が無いのであった。
長らく生活してきたサルマハイラ自体に名字を持つ習慣が無いので今まで失念していたが、元孤児である奴隷のシデンには名字が無く弟子である私も同様である。
「ありません」
「なら丁度良いわ。これから貴方はアステル・ラモノワールと名乗りなさい。ラモノワールは私の名字よ。養子にしてあげる」
相変わらず困惑した表情を浮かべたブラフマが更に目を見開いた。
「おいおい。何考えてんだ。至れり尽くせりだなァ」
「まぁ、私がタダでここまでしてあげる訳ないでしょ。これはこの子が将来役に立ってくれることを期待した投資よ」
「あーあ、やっぱりお前らしいわ。どうなっても知らねぇぞ」
「因子の力自体は監視下に置けるから命令違反にはならないわよ」
養子……。監視下。
あまりにも予想外の展開に思わず私もブラフマのような表情をしてしまいそうになる。
「さて、これより紫電の
初めから覚悟は出来ていた。
たとえこの決断によって『シデンの愛弟子アステル』という存在が消えようとも構わなかった。
シデンという存在の為に尽くせるならば。
「はい。お母様」
「さて、アステル。貴方の
『紫電の
「
「良いじゃない。それで
ルナベルが手を差し述べる。取るつもりは無い。
「はい。秩序の名のもとに」
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