お姫様とマッドサイエンティスト(自称)

 こちらの叫び声に反応した虎がこちらへ振り向こうとする。

 しかし、それより前に私の体は虎の死角に入ることが出来た。


 今度は腕の力では無く、体幹を生かして勢いをつける。


 これで良い。


 先ほどの攻撃動作よりこちらの方が速い。


 ありったけの力を込めて刃を振るう。


 刹那の後。漆黒の刃は紅蓮色に染まった。

 返り血が僅かに頬へ付着する。

 

 そして、勢いを失った猛獣はそのまま森の中へ姿を消した。


「ありがとうございますぅ」


 刃を一振りし鞘に収めると、女性がこちらへ歩み寄ってきた。

 

 彼女と目が合った途端、思わず息を飲んだ。


 この容姿を何と言い表せばいいのだろう。

 一言で表すなら『全てが完璧である』。


 ブルーの髪。薄紅色の瞳。容姿は人間に近いが、髪質は人口毛に近かった。

 さらに彼女の頬にはツタのような模様が刻まれており、首筋には薔薇の印がついている。四肢は長く、肌も透き通っていて美しい。

 

「お怪我はありませんか?」

「うぇぇん。怖かったよぉ」


 少女は甲高い嘆き声を挙げたが、涙は一切流れていなかった。

 自動人形オートマタであろうか。

 ならば彼女から涙が出ない理由は簡単である。涙を流す機能が無いからだ。


「ブラボー。凄いね」

 

 彼女に掛ける言葉を探していると今度は、木々の隙間から無表情の少年が姿を表す。

 白い髪、青い瞳。女性と同じく整った顔立ちは少年らしいあどけなさを残していた。

 首から足先まで覆う白衣には帝国軍の印がついている。


「貴方は誰?」


 こちらの質問に少女は表情を変えず、そのまま答えた。


「僕はシド。一言で表すなら――殺戮兵器を開発しているマッドサイエンティストさ」


 初対面の自己紹介でマッドサイエンティストを名乗る人間を初めて見た。


「シドさんがこの子を管理しているの?」


 シドは少し考え込み、口を開こうとしたが、その前に自動人形オートマタの女性が口を挟んだ。


「ルイーズは誰の所有物でも無いです」


 どうやら彼女の名はルイーズらしい。

 この二人が知り合いであることを考えると、ルイーズは帝国が保有する自動人形オートマタであろう。


 この二人が何故森に来たのかは分からない。いずれにしても早くここから立ち去るべきだ。


 そそくさと別れを告げる為、口を開く。

 しかし私が言葉を発するより前に、異変は起きた。


 空気が異常に冷たい。いや、ここが霧に包まれた山であることを考えれば当然であるが、それにしても寒すぎる。気温が低いというより、冷凍庫の空気がそのまま山に流れているような感覚である。


 なんとなく嫌な予感がし、辺りの様子を確認すると木々の一部が凍結していることに気づく。腕につけたコンパスとは反対の方向だ。


 こちらの様子を不審に思ったのであろうか。シドとルイーズも霜が降りた木々の方を見る。


「シド。あれ、なんだろう?」


裁定者ラプトールか、あるいは――」


 片手剣を掴み、霜に覆われた木々の間を抜ける。

 背後からこちらを静止する声が聞こえるが、今は敢えて無視させてもらおう。


 冷気が濃い方へ走り続けると、やがて一面が雪と霜に覆われた時点にたどり着いた。



 白い、白い、雪の中心に、黒い、黒い影が立っている。



 ゆらゆらとした煙に似たそれは、そこはかとなく袈裟を纏った男性に似ていたが、半透明である体が人では無いことを表している。


「人型のレギオン……初めて見た」


 とっさに戦闘態勢に入るが、レギオンは私の姿を見向きもせずコンパスの針が指す方向へ向かう。



――あのレギオン、町へ向かっている!

 



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