特別強化訓練

 熱い日差し。「ガァー、ガァー」というやかましい鳥の声。盆栽かと疑いたくなる程、曲がりくねった木々。

 シデンが修行の場に選んだのは、一面が山々に覆われた惑星であった。

 惑星の名をティエン・シャンと言う。

 

 木々に覆われている風景はサルマハイラとあまり変わらない。しかしいくつか違う点を挙げるとするならば、殆どの山々が霧に覆われていることと――そして明らかに危険そうな猛獣が跋扈ばっこしていることであろうか。


「よーし、アステル。キャンプだと思ってテンション上げていこう!」


 周囲の状況とは裏腹にシデンは絶好調である。


「あのー、師匠」

「おう。何だ?」

「帰ってもいいですか?」

「駄目に決まってるだろ。さて、まずはこれを手首につけろ」


 満面の笑みを浮かべたシデンが渡してきたのは、腕時計型の方位磁石だった。


「この針が示す先に『蝶恋花れんちょうか』という飲み屋がある。アステルがやるべきことは簡単。この場所から『蝶恋花れんちょうか』まで二日以内に辿り着けばいい」

「一人でですか?」

「当たり前だろ」

「師匠は私を殺すつもりですか?」


 頬を膨らませるこちらに対し、シデンは愉快そうに笑う。


「まさか、私は出来ないことはやらせない主義だよ」


 つまりシデンは「アステルなら出来ると思うよ。まぁ、頑張りな」とでも言いたいのだろう。


「やっぱり帰ってもいいですか?」

「駄目」





「あの人、本当に私を森へ置き去りにしたよ……今すぐ帰りたいよぉ」


 鞘に収った片手剣ブレードを握りしめ、うねり曲がる木々の間を進んでゆく。


 右手に持つこの剣はシデンが特注した物だ。薄く殺傷能力が低そうな刃には特殊な加工が施されており、大木ぐらいなら余裕で切り倒せる。


 更にデザインにもシデンのこだわりが見え隠れしており、美しく磨き上げられた漆黒の刃、 つばの部分は松のようにうねり、 つかは眩い銀色である。

 曲線を描いたそのシルエットは日本刀に似ていた。


 とはいえ、あくまで片手剣なので日本刀とは違い、片手でも軽々と持てる重量となっている。


 師匠たるシデンが立ち去った今、私が置かれている状況は『十四歳の少女が猛獣が跋扈する森を一人で歩いている』という、現代日本では、ありえないレベルのデンジャラス状態だ。


 一応、光線銃も持っているが……ほら、殴った方が速いし。


 しばらく山道を歩いていると、突如女性の悲鳴が鼓膜をかすめた。

 

「誰かぁぁ。助けてぇ!」


 声の主は猛獣に襲われたのだろうか?

 早く助けに――。


「死にたくないよぅ。まだ素敵な王子様に出会えて無いのにぃ!」


 なんと緊張感の無い悲鳴であろうか。


 声がした方へ向かうと一人の女性が、翼の生えた虎に襲われていた。


 素早く抜刀し、虎に接近する。

 そして片手剣を猛獣の首元に向かって平行に振るう。

 


――切る必要は無い。刃だけ当たればいい。



 そう。この片手剣ならば虎の体など豆腐のように切り刻める筈である。

 ただ腕を振るえばいい。

 しかし虎の方もこちらの動きを察知し、飛びかかってきた。


「グゥオオオオオ!」


 まずい。狙いが定まらない。

 今まで修行に使用してきたものは、あまり動かない的や、手加減をしている師匠などであった。この様な実践は初めてである。

 

 手が震える。呼吸が乱れる。

 

 攻撃動作を止め、虎の猛攻をサイドステップで回避しようとする。

 すると虎も何かを察したのであろうか、再び女性の方へ襲いかかった。


「そっちには行かせないよ」


 そう。ここで怯えている場合では無い。

 私も救わなければ。

 今まで師匠がそうしてきたように。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る