インドラの旅路

 私にまだ物心がついていない程昔。


 故郷である惑星は巨大なレギオンの襲撃を受けた。皆、戦った。


 一つの惑星が持つ全戦力を尽くして。それでも歯が立たなかった。だから、皆、皆、死んだ。


 長い攻防戦の上、故郷に助けの手を差し伸べた存在がいた。


 そう、今我々が帝国と呼んでいる畜生だ。


 勿論、ヤツらは慈善家では無い。対価は求めてきた。

 レギオンを討伐する代わりに惑星に住むシグレ族全員の支配権を帝国軍全員に渡せとさ。


 要するに慈善家気取りの侵略行為だ。

 アイツらがよく使う手だよ。

 無論、当時の長は拒否したよ。

 一生帝国に飼い慣らされるのは御免だからね。


 毎日安全で、それなりの衣食住が確保される代わりに、毎日誰かが消えてゆく。



 これのどこが幸せだと言うのかな?



その結果、ほぼ全てのシグレ族は難民となって銀河中に散らばった。私もその一人だ。

 いや、私の場合奴隷商人に売り飛ばされたけどね。


 奴隷となった私はシムクルスターのスラム街にある闘技場の主に買われた。


 その主がお前の父親だ。競技場に買われてからしばらくの間、私は殺戮ショーの後始末をさせられていた。


 奴隷同士戦わせて最後の一人になるまで殺し合いをさせる下らないショーだ。


 ショーの後始末をしている中で、私は出場選手の動きを見て、どうすれば生物を効率よく殺害できるか学習した。


 だから闘技場で暮らし始めてから数年後私はアイツに提案した『ショーに参加させろ。そしてもし私が優勝したら、奴隷の身分から解放しろ』と。


 闘技場の主はあっさり私の提案を承諾した。


 奴のイカれたショーで勝ち越すことは、あまりにも簡単だったよ。


 自分でも少し吐き気を覚える程にね。


 殺戮ショーで優勝し、賞品として因子を手に入れた後日。


 今度はあの男が帝国の艦隊を引き連れて現れたんだ。


 全く、アイツ何者なんだ?


 表では公務員で、裏では殺戮闘技場の主とか私より頭がおかしいだろ。


 そしてあの男はこう言った。


 『君は今日から自由の身だ。その力は君がどう使おうと構わない。ただし、暴れすぎた場合はこちらもしかるべき処置を取らせてもらうけど』


 身分だけでは無く、性格まで正反対だった。二重人格なのかね。


 自由の身になってから十年間、私は強さだけを求めて旅に出た。


 多くの強者をねじ伏せた。多くのものを破壊した。


 でもふと今まで自分が歩んでいた道を振り返ってみればそこには死体が積み上がっていた。


 意識がどんどん因子に支配されていくのを感じた。




『もっと壊せ、もっと殺せ、まだ刃の乾きは収まらぬ』




 ずっと因子が、そう呼びかけてくるんだ。


 そんなある時、ティエン・シャンという惑星である女性に会った。


 彼女は醜い、惨めな私にこう言った。


『誰かに尽くした分だけ、自分の幸福として返ってくる。これに勝る魔法は銀河中、何処を探しても無いさ』


 生まれて初めて感銘というものを受けた。

 

 だから私生き方を変えることにした。

 全てを変えることにした。

 『破壊』では無く『救う』旅路を選んだ。




「私も師匠に救われた一人ですね」


 シデンは満足げに笑うと、ゆっくりと窓を閉じた。


「さて、今日の修行を始める前に、皿洗ってこい」

「はい、師匠。喜んで!」


 テーブルに並んだ空き皿をまとめてキッチンへ運ぶ。その刹那。背後からシデンの叫び声が響いた。


「そうだ。一晩野宿するのに必要なものも用意しておけよ」

「はーい」


 元気よく返事を返し立ち去ろうとしたその時。彼女が放った言葉を脳が理解する。



――え? 野宿?






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