普通とは何か?

 鍋の蓋を開けると、香ばしい匂いが広がった。皿を取り出しスープを注ぐ。


 スープに入った食物はどれもかつて私が生活していた世界には存在しなかったものだらけだ。使用している調理器具も同様である。


 鍋や、お玉などはかつて見慣れていた形状をしているが、コンロやトースターそしてテレビなどの家電はリーズナブルな形状に変わっている。


 そもそも、どことなくモスクに形状が似たレンガの家というファンタジーな建築物が並ぶこの惑星で、家電製品が使われていること自体、違和感しかなかった。 


 今では慣れてしまったが。


 料理を注いだ皿をダイニングへ持っていくと、腹を抱えて爆笑しているシデンが待っていた。


「そうか、そうか。それにしても小さな子供相手にナメられすぎたろ」


「私だってまだ子供ですけどね」


「おや、『武』を求める者に年齢は関係無いよ。単純な強さだけが、半人前か、一人前か決める基準だよ」


「それなら師匠は私は何人前だと思いますか?」


「うーん、十六・五人前かな」


「数値が細かすぎます」


 シデンが右手で掴んでいた饅頭を浮かせながら語る。

 そういえばシデンの固有魔法は電流操作系全般らしいが、饅頭が浮いている原理は磁気浮上とかいうヤツだろうか。


「何というか、戦闘時におけるお前の動きは中途半端なんだよな」


「中途半端ですか?」


「アステルは私の動きを模倣するのは上手いけど、それを自己流にアレンジできていないんだ。ほら、人によって背丈や体格が違うだろ。つまり人それぞれ最適な攻撃動作が違うんだよ」


「えーと、なら私はどうすれば?」


「その解決策を自力で見つけるのがアステルの課題だよ」


「分かりました……」


 スープをテーブルに並べるとシデンは料理を口に運んだ。


 野菜らしき食物のスープ。小麦粉の生地に肉と小さな果実を入れた饅頭。我ながら極上の朝餉を作ってしまったと思う。


 饅頭を一つ掴んで口へ運ぶとスパイシーな肉と酸味が効いた果実の味が口へ広がった。


「なぁ、アステル」


 一つ目の饅頭を飲み込んだシデンがスプーンを置いて、両手を頬に当てた。


「何でしょう?」


「アステルは今幸せか?」


「急な質問ですね。もちろん、幸せですよ」


 こちらの返答を聞いたシデンはゲラゲラ笑い出した。

 気のせいであろうか。彼女の髪に走る閃光がいつもより眩い気がする。


「そうか。それは良かった。この七年間お前には『普通の女の子らしい生活』は送らせてやれなかったからな」


「いいえ、師匠。朝はこうやって大切な人と食事をして、昼は切磋琢磨に努力して、夜は明日が来ることすら疑わずに眠る。この生活のどこが普通では無いと仰るのですか?」


「大切な人ねぇ。まさかそんなことを言われる日が来るなんて思いもしなかったよ」




『カッコイイのは見た目だけだよ。私は所詮ただの罪人だ』



 そんなシデンの言葉が脳裏をよぎる。

 薄々気づいていたが、もしやシデンは自己評価が低いのだろうか。


「師匠は昔、『私はただの罪人』だと仰いました。しかし私には師匠が罰を受けるべき存在には見えません」

 

 顔を伏せて料理の方を眺めていると急に視界が明るくなった。シデンが窓を開けたのだ。


「少し昔話を聞いてくれ。昔、お前に話してやれなかった私の思い出を」


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