見えざる脅威

「はい。私はアステルです。えーと、つまりお姉さんはなんか凄い人なんですね」


「えぇ、そうね。簡単に言うと貴方達、市民を怖い人たちから守る仕事をしているのよ」


「へぇー、凄いですね」


「ずいぶんと無機質な返事をされている気がするけど気のせいかしら?」


 彼女の手を取り握手をするとルナベルは気まずそうな笑みを浮かべた。

 周囲を見渡すと、いつの間にか先ほどの子供達は姿を消している。帝国軍が現れた時点で何か察したのであろうか。



――怖い人たちから守る……ねぇ。



 彼女が言っていることもあながち嘘では無い。

 しかし、あらかじめこの世界のことを知っている私には分かる。

 帝国審問官の本質が『守護』ではなく『破壊』であることを知っている。


 帝国審問官はこの世界が舞台であるアニメシナリオにおいて、主人公サランの前に立ちはだかる強敵だ。

 いわば『悪の組織を支える幹部』と呼ぶべきポディションである。


 本来のアニメシナリオはこうだ。


 田舎の辺鄙へんぴな惑星に産まれたサランは、幼少期故郷を帝国に侵略されてしまう。

 帝国に侵略されてから数年、みるみるうちに変わってゆく故郷を見たサランは『顔も知らない誰かに徹底的に管理され、安全な人生を送ることは不幸だ』と考え、反抗勢力に加わる。


 そしてやがて強力な戦士となり、帝国を打ち倒す――。


 さてこの課程で主人公を処刑するべく立ちはだかる帝国審問官だが、彼らの役割は帝国に従わない裁定者ラプトールの始末と因子の回収だ。役割の性質上帝国審問官は裁定者ラプトールだけで構成されている。 

 当然だろう。何故ならば厄災ラプトールを始末できるのは厄災ラプトールだけなのだから。


「ところで聞きたいこととは何ですか?」


「シデンさんはお元気?」


「師匠……シデンさんならいつも通り道ばたのチンピラをボコボコにしてますよ」


「そう。それは良かった……のかしら」


「どうしてそんな事を聞くのですか?」


「あぁ、それは最近シデンさんが身体検査を受けていないようだから。何かあったのかなぁって」


「身体検査?」


 何だそれは。聞いたことが無い。

 名前だけを聞くと健康診断のように聞こえるが、帝国のことだ。ろくな検査では無かろう。


「あら、知らないのね。裁定者ラプトールがどのぐらい因子に侵食されているのか計る検査よ」


「侵食?」


「えぇ、因子が生物に取り込まれると、所有者が持っている本能的な欲望を引き出すの。どの欲望が引き出されるかは因子によって異なる。例えば、承認欲求、食欲、あるいは破壊衝動とか」


 ルナベルの声が子供を脅すように低くなる。しかしこの程度で怖気付く私では無い。


「要するに身体検査はがん検診みたいなものですね」

「どうしてそうなるかな?」


 若干笑顔が崩れたルナベルに傍で控えていた自動人形オートマタが耳打ちする。


「あら、もうそんな時間なの。もう私行かなくっちゃ」


「そうですか。今日は審問官様とお会いできて光栄です」


「私も貴方という有望な人材と話せて光栄よ。じゃあ、師匠によろしくね。アステルちゃん」


 ルナベルは少し手を振ると、部下を引き連れて立ち去って行った。

 空を見上げる。先ほどまで半分しか姿を見せていなかった太陽が今ではすっかり昇っていた。



 はて、何かを忘れているような――。




「あ、師匠の朝ご飯作らなきゃ」



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