1章 紫電の裁定者〜贖罪のインドラ

 帝国審問官

 家の玄関を開ける。

 美しいまだら模様がついた石扉を開けると、蒸し暑い熱気が家へ入ってきた。

 

 そして庭先では見知らぬ子供達が集まっていた。彼らには花柄の薄手な服を纏った彼らには小さな獣耳がついている。

 この惑星の原住民であろうか。


「あー。やっと出てきた」

「これが人間か」

「うわぁ、マジで弱そうじゃん」

「やっつけようぜ」


 まだ朝方だというのに人様の庭先で偉そうなことばかりのたまう子供達に思わずため息が出る。


 シデンと暮らし初めてから七年が経った。

 かつて父と別れた頃にはまだ短かった手足も長くなり、今では身長百六十センチほどある。


 この体の実年齢は不明だが、父から貰ったペンダントに書かれた生年月日から予想するに十四歳だろう。


 シデンと生活を初めてから二年間、シデンと共に様々な惑星を転々とした。

 どの惑星にも定住しなかった理由はシデンが私の身を案じていたからだ。


 お尋ね者の娘とあらば帝国の手先が何をしてくるか分からない。

 そうシデンは考えていたらしい。


 しかし、その心配も杞憂であった。この七年間で帝国の警備兵やら、秘密警察が何か仕掛けてくることは無かったのだから。


 むしろ転居をしすぎて、警備兵が取り調べをするべく我が家に来てしまったぐらいだ。


 結局、どこかの惑星に定住することにした私達は新たな定住先を求めて旅をすることになった。


 この引越しの一番重要な目的は、帝国から不審な目を向けられないようにすることだ。


 しかし、以外なことにシデンが一番気にしていたことは私の教育であった。


 彼女いわく「産まれてから成長するまでまともに普通教育を受けてこなかった私にあれこれ教えるのは無理」とのことであり、定住先を求めた一番の理由は私を学校に通わせるためだ。


 そして長旅の末、我々が定住することになったのがこの惑星、サルマハイラ。多種多様な植物に覆われたこの惑星には獣耳が生えた獣人族カラマィルという種族が住んでいる。

 気候は温暖、災害も少なく、帝国の監視も薄い。まさに楽園のような場所である。



 帝国の監視が薄いが故に治安の悪いことを除けば……。


 玄関前に並ぶ子供達を見下ろす。

 シデンの朝食を作る前に庭の花に水をあげようと思い、外に出ただけなのだが、まさかカマラィルの子供達に出待ちされていようとは――。


「とりゃああ!」


 油断していたその刹那。


 子供のうち一人が突如、空中回し蹴りをかましてきた。


 素早く玄関前に立てかけてあった箒を掴み、持ち手の先端で子供の背中を突く。


 怪我をさせるつもりは無い。


 回し蹴りの軌道を変えるだけ――。


 しかし、こちらの予想とは裏腹に子供の体はそのままバランスを崩し、地面に叩きつけられそうになる。



――あ、やりすぎた。



 今度は箒を地面へ投げ捨て、中を舞う子供の体を両腕で抱きとめる。

 その途端、両腕に子供のものとは思えない重量がのしかかった。


 もしや、獣人族カマラィルの筋肉は人間のものより密度が高いのであろうか。


 抱き留めた子供を地面に降ろすと、回し蹴りを試みた子供は、ぽかーんと口を開けていた。


「すげぇ」

「今の見た?」

「人間の動きじゃねえ」

「キモ。速すぎ」


 ふむ。褒められたような、貶されたような、複雑な気分だ。


 私からしてみれば、何回もリピート視聴したシデンの動きを真似してみたまでのこと。


 

 さて、せっかく『力の差』というものを示せたのだから、今後の為にも、ここはしっかりと脅しておくべきか。


「今回は手加減してやったが次は無いぞ。これで懲りたら……」


 しかし、子供達はこちらの言葉になど耳も傾けず、周囲に集まってきた。


「お姉さん。さっきのやつもう一回やって」

「どうやってやったの?」

「かっこいい」

「ねぇ。お姉さんの名前は何?」


 残念ながら全く脅しが効いていない。


「待ってくれ。そんなに一気に話しかけられたら……」


 こちらがそう言い放つと、今度は一気に子供達が黙り込んだ。


 鳥の鳴き声と市場の喧噪けんそうだけが響く。


 この上なく気まずい。


 状況を打開するべく口を開く。


 しかしその前にこちらの動きを止めたのは、拍手をする音。


 音がした方向を見る。

 


 するとそこに立っていたのは一人の女性と、おびだたしい数の帝国兵。



「貴方、凄いじゃない。思わず関心しちゃったよ」


 桃色の髪。黄色の瞳。尖った耳と妖精の羽。そして漆黒のロリータ。

 帝国に属する者にしては珍しく個性的な服を纏った彼女は一見すると一般人の女性に見えるが、傍で控える帝国兵と戦闘用自動人形オートマタ……いわゆるアンドロイドがそうでは無いことを物語っている。


「そんなに怖がらないで。私は少し貴方に聞きたいことがあるだけだから」


「別に怖がっていませんよ」


「あら、私には分かるわよ。例えばそうね……貴方の瞳孔とか、肩の動きを見ていれば大体はね」


 女性はニコリと微笑むとこちらに手を差し出してくる。

 どうしてであろうか。彼女の可愛らしい容姿の下には何か恐ろしいものが眠っているような気がする。

 



「私は帝国審問官、序列六位ルナベルよ」

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