星々より美しい物があるとすれば、それは推しだ

「そこの二人に手を出すつもりなら容赦しないよ」


「誰だ貴様は。我々帝国軍は……」


「『秩序の名の下に住まう民に平和をもたらす』だろ。もう聞き飽きたね」


 女性は帝国軍と呼んだ警備兵を指で突っつく。すると警官兵は動きを止め、そのままゆっくりと立ち去った。


 ゾンビのような足取りで立ち去る警官兵を女性は鼻で笑うと、父の方へ向き直る。


「やぁ、久しぶり……とでも言いたいけど、ここで立ち話をするのは危険だ。歩きながら話そう」


「あぁ、そうしよう。行くよ、アステル」


 父が頷くと女性は早足で歩き始める。


「分かった。お父さん」


 こちらの返事を聞いた父は、再び私の片手を握ると、女性の方へ早足で歩き始めた。


 体が幼児化したせいで歩幅も短くなってしまった。両足を素早く動かさなければ二人についてゆくことが出来ない。


「あの警備兵共に何をした?」


「別に大したことはしてないよ。彼らには少し気絶してもらって、その体を私が操作しただけ」


「そうやって普段から裁定者ラプトールとしての固有魔法を使い回してしているのか?」


「あぁ、勿論。この体にある因子は私の戦利品なのだから、私がどう使おうと勝手だろ」


「相変わらず君らしいな、シデン」


 父は呆れたように女性を見つめた。


 いや、それよりも待て。


 今、父は彼女のことをシデンと言ったか?

 彼女の姿をまじまじと監察する。

 見慣れた髪色と瞳の色。急所にだけ付いた銀の鎧。彼岸花が描かれた紅蓮の振り袖。


 やはり彼女はあのシデンだ。

 私の推しだ。

 至高の美。

 圧倒的な強さ。

 今を生きるヴィーナス。



 銀河最強と謳われる裁定者ラプトールの一人。あまりの強さ故、帝国軍さえも彼女の行動を黙認してしまう大災害の化身ディザスター


 まさか推しと対面出来てしまうとは。これが本当に夢なのだとしたら目覚めないで欲しい。


 いや、冷静に考えろ。


 シデン、帝国、裁定者ラプトール。先ほどから聞きなれた単語ばかり耳にする。



――もしかして、SFアニメの世界に転生してしまった?



「そこの小娘。何故さっきからこっちを見ている?」


 紫の瞳から放たれる眼光がこちらに向けられる。

 威圧感のある視線に思わずたじろきそうになるが、まさか正直に「実は私、貴方のファンなんです」と言う訳にはいくまい。


「だってお姉さんカッコイイもん」


 こちらの言葉を聞いたシデンが少し黙り込む。

 そして穏やかな表情を浮かべてこちらを見つめた。


「カッコイイのは見た目だけだよ。私は所詮ただの罪人だ」





セレブが集まる煌びやかな街に、ネオン看板が飾られたカジノが並ぶ。

 カジノ以外の建物も、よく見てみれば高級感あふれるブランド・ショップが多かった。この街並みからは何となくラスベガスを連想させられる。


 ただしラスベガスとは決定的に違う点がいくつかあった。

 例えば、時々見え隠れする薄暗い地下街。そして上空を飛んでいるのは帝国軍の印がついた偵察用ドローン。

 レギオンを表す煙のようなものに目が描かれた刀が刺されているこの印はある種の恐怖心を煽ってくる。


「相変わらずこの惑星は帝国ので埋め尽くされているな」


 父であろう男性の独り言にシデンがため息で返す。


「いいや、目だけじゃないよ。最近は耳もかなり潜んでいる。密告者とか、盗聴器とかね」


 小声で話すシデンの傍へ駆け寄ると、彼女は先ほどとは異なり、優しい雰囲気で話しかけてきた。


「何か用?」


「ねぇ、シデンさんはお父さんの知り合いなの?」


「おや、私のことを叔母さんだと勘違いしていたんじゃないの?」


「してないよ。だってあれはお父さんが悪い人を騙すためについた嘘だもん」


「ふぅん、賢いじゃん。将来お父さんみたいにならないか心配だよ。私とお前の父親

は……いわゆる腐れ縁というやつさ」


「へぇ、俺は君の恩人だと思っているけど」


「イカれたショーを主催していたヤツを恩人呼ばわりする気は無いよ」


「あのイカしたショーね」


「そう、そのイカした……言い間違えちまったじゃねーか」


 イカれたショー、主催――。

 ふと、病室で見たシデンの回想シーンを思い出す。あの殺戮ショーを開催していたのが父だというのか。


 己の小さな両足で二人の後を追いかけていると、ショーウィンドウのガラスに自身の姿が写りこんでいることに気づく。

 セミロングにカットされた栗色の髪。紅蓮の瞳。その姿を見たとき、思わず息を飲んでしまった。


 ガラスに映るのは、痩せ細り、髪が抜けた見慣れた姿では無く、見知らぬ美少女であった。


 

 

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