弟子入り


「要するに昔のお父さんは悪い人だったんだね」

「違うぞ。アステル。そんな目で父さんを見るな」


 焦った表情を浮かべる父を数秒間睨みつけてから、次はシデンの方を見る。


「シデンさんもどうしてお父さんと私を助けてくれたの?」


 シデンが苦笑いする。


「こいつが恩人であることも本当なんだ。かつて奴隷であった私に自由になるチャンスをくれたのだから」


 「でも、その『イカれたショー』を使っていたんでしょ?」


「あぁ……申し訳ないがこれに関してはいくら君が賢くても子供に話すべき話ではないな。ただ一つだけ言えることがあるとすればお前の父親は悪い人では無かったよ」


 言われてみれば確かにその通りだ。

 今の私はただの幼女。


 まさか幼い女の子に「かつての私は奴隷で、貴方のお父さんが開催した『最後まで生き残った人が因子を貰えるショー』に出場したんだよ」と説明する訳にはいくまい。


「ところで、今回私を呼び出した理由は何だ?」


 丁度地下街の入口に踏み入ったところで、シデンが父に尋ねる。

 近未来的な都市が広がる地上とは違い、地下街は素朴な裏路地のような空間が無地蔵むじんぞうに広がっていた。

 

 辺りを警戒するように見回す父を、シデンが一瞥いちべつする。


「この辺りにある偵察用ドローンの電波なら一時的に妨害しているから大丈夫だよ。さっさと話せ」


「感謝する。今回君には頼みたいことがあるんだ」


「何だよ。誰か始末して欲しいヤツでもいんの?」


 父が首を横に振る。


「いいや、君には俺の代わりに娘の面倒を見て欲しい」


「はぁ?」


 シデンが足を止め困惑した表情を見せる。


「私なんかに子供の面倒を見ることが出来る訳ないだろ。それに私は裁定者ラプトールだから帝国のヤツらにマークされてるし」


「へぇ、以前から君は弟子を欲しがっていたと聞いたけど」


「それと、これとは話が別だよ」


 困惑するシデンの元へ駆け寄る。そして彼女の足元で何度も飛び跳ねた。


「ししょー」


 子供相手にどう対応すればいいのか分からなくなったのであろうか、シデンが何とも言えない表情を浮かべる。

 幼児化して良かったと初めて感じた。


「私からもお願い。ししょー!」


「分かった。分かったから。この先に馴染みの店がある。そこで事情を聞かせてくれ」


 父が首を縦に振る。

 するとシデンは地下街の更に奥深くに向かい、歩き始めた。



 先ほどからずっと小走りで移動していた為、両足が痛い。これが、いわゆる足が棒になるというやつか。


「シデンさん。疲れたから抱っこぉ……ぐぇ」


 シデンに助けを求めようとしたが、最後まで言葉を放つ前に父の腕の中へ収められてしまった。


 ――チッ、あと少しだったのに。

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