第2話 世界と精界と精霊と人間

黒い全身タイツの変態男。フェリシダと名乗った不審者の腕から降ろされる。

寝巻とはいえ動きやすい服装――ショートパンツにチューブトップ。

何かが起こった際に身軽に動ける格好で寝ていた訳だが、どうにも目の前の相手は頑丈なのか、よほどのタフなのか。

最初の無様な声を二度目は上げる事なく、こちらが情けなさをかみしめる形になる。

ベッドの縁に腰を下ろし、無言で椅子――学習机にある椅子を指さすと相手はすんなりと座った。

重量はあるようだ。椅子が軋み、重さを感じる悲鳴を上げているのだから。


変態不審者フェリシダだっけ?で、精霊っていうけど具体的にナニ?」


疑問はそこからだ。精霊というともっとこう、幻想的な生物。

神秘的なたたずまいや悪魔的なモノを連想するのだが、目の前の相手はどこから見ても東洋人としか思えない黒髪、黒く塗りつぶされた瞳を持っているくらい。

疑問はあるが害意が無い相手だと調子が狂う。

どうやって侵入したか。これについては先ほど自分の一撃をすり抜けた要領で行えば問題がないのだろう。

というかそうじゃなければこの家の厳重な警備をかいくぐるのは難しいはず。


「あぁ、精霊っていうのはこの世界ホシとは違う場所で生まれるモンだ。

俺達は精界って呼称してる場所で生まれてゲートを通じ自分の相棒を探しに行く。」


精界、というのは目の前のコイツの生まれ故郷のようだ。一瞬頭の中でコイツの顔のまま、赤ん坊のようなナリをした姿や。無数にコイツで溢れかえる世界を想像して吐き気が催してきた。

ゲート、というのは文字通りの意味で解釈をすることにした。

ゲートをくぐればそこは異世界でした、というのを目の前の相手がまさに体験している様子だ。……それにしては馴染んでいる様子が気になるが。


「大きく分けて、ゲートってのは4つの意味で俺達精霊一人だけを通す目的で開く。

①.自分の相棒がいる世界との境界線が薄くなった時。

②.■■■■■■■■■■■■

③.世界ホシの願い

④.精界の意思

ってところだ。」


2番目が聞き取れなかった。言葉は耳に入っていたはずだし、相手は普通に発声していた様子だ。鼓膜は震え、脳に音が刻まれているはずだ。

なのに理解が出来なかった、頭痛が一瞬後に襲ってきて、先ほどの吐きかけた胃液が再びせりあがってくる。

掌を口元に運び、必死にそれを再び押し殺す――。


「聞こえなかったモンは無理に理解しようとすんな。

むしろ俺の声が聞こえて俺の姿が見えている今が、おめぇにとっての異常エラー

どれが理由でゲートが開くのかは俺達には理解できねぇ。理解できるのは極めて一部の精霊だけだからな。」


間違っても1番だとは思いたくない。こんなのが相棒だと思いたくもない。

となると2番目――から4番目の何れかということになる。

私たちの世界にちじょうがこんなの呼びたいと願うとか考えたくもない。

そもそも世界というのはどういうものなのか。ホシとは何かを考えるのも気怠い。

ゲートが開いた理由は特定せずにおくことにした。


「じゃぁ、フェリシダ。アンタは黒の精霊らしいけど、具体的に何が出来るの。」


精霊、という生命体がいる前提で話を飲み込むことにした。

だから大事なのは次、黒の精霊というのはどんなものなのか。

何が出来るのかを聞くことにした。


「それを決めるのは俺じゃねぇ。お前だ。」


質問に返されたのは予想外の答えだ。

眉間のしわが深くなる。はぐらかされた印象はない、相手は噓を言っていない

つまりそれが真実なのだと私の直感が告げている。

私の様子を見て、言葉を続けるのはフェリシダの方。


「どんな世界でも、住人には力が宿っている。

先天的な物や後天的な物。この世界の人間でいえば規定する力。

距離や物事。速度や力。それらを単位を決めて【規定】して共有化出来る。

さっきの一撃も、この世界で規定された力を使った物なんだろ?」


言われた言葉を反芻する。確かにこの星の人間はあらゆるものを数字や文字で。

或いは【学術的】に解き明かし、定め、共通化した上で共有している。

列挙すればキリがないが、1秒という単位や1分という単位。

1センチや光の速さ。そして温度や圧力、など。

遠心力。体重を加えた力。筋力。反発力。瞬発力。耐久力。

先ほどの一撃にもこれだけの規定された力が使われている、とフェリシダは言う。

規定だけではなく、加工。化学反応を用いたもの。どれもが、規定の能力に準じたものだとも続けられた。



「……いいわ、続けて。」

「俺は黒の精霊。黒という要素をどうお前が捉え、どう解釈し、どう規定するか。それによって俺の出来ることや出力。■■が決まる。」


また、聞こえない、理解できない単語……いや、モノ?が混ざっていた。

そこを無視して解釈するなら、黒という色を私がどう解釈をするか。

それによって目の前の変態ができることが決まる様子だった。


「……黒、黒ねぇ。」


黒。ぱっと頭に描くのは夜、闇、影――重力、等。

ただ、目の前のコイツを見たときに感じたどれもがしっくりと来ない。

そもそもこんな変態不審者まがいの男が夜や闇に隠れてコソコソするようなタマか。

影でもない、コイツは間違いなく主役面で乱入してくるだろう。

死?それも違う。考えていたのは分にも満たない短い時間。

やがて、私は口を開き――黒の精霊を名乗るフェリシダの力を【規定】したのだった。


と、いうのが3日前の出来事。

そこからは怒涛の慌ただしさで駆け抜ける日々。何せ大学生。

受講しなくてはいけない。掃除、洗濯、課題にサークル活動。

合間合間を縫ってフェリシダを観察していた。


まず、コイツは呼吸をしない。羞恥心もない。生物ではある。

食事も不要だが、どうも食べ物や飲み物の要求が多い。

私の今の食事は――よくある総合栄養飲料や固形の物。

家に帰れば手軽に野菜を割りちぎってサラダにするくらい。

プチトマトをいくつか口に放り込み、草食動物より早くサラダを含んで前述の総合栄養飲料で流し込む。

寝る前にプロテインを少量接種する生活に真っ先に文句を言いだしたのはフェリシダだった。


『んなモン食って楽しいのか?』


食事に楽しさを求めていない。求めているのは栄養とどれだけ時間を短縮できるか。

だが、フェリシダは食事を娯楽の類だと認識している節がある。

相手にするのも面倒なので――そういえば、と。とっくに賞味期限は切れたが腐ってはいないだろうカップ麺を与えたときの嬉しそうな顔だけは腹が立つほど覚えている。


『この世界じゃ美味い飯の為に戦うんだろ?』


この言葉からは、フェリシダはこちらの世界を少しは理解しているようにも見える。

客観的に見てどうかと思う偏った知識も多いが、そう切り取れば、そうとも取れる歴史への知識もあった。

言葉での意思の疎通は完全には難しいが、できないことは無かった。


精霊とは生きるための食事を必要とせず。自分と絆が結ばれた相棒から摂取しているらしい。非常に不本意だが。私の意思とは関係なく、勝手に絆が結ばれたそうだ。

見えないチューブを通してお互いの栄養やカロリーをやり取りするようなものだ。

そうかといって、私自身が多く食事をとる必要が無い。

どの様なエネルギーかは理解できないが、私が食事をする。

その情報はこの世界の歴史に残される。その情報をチューブを通してフェリシダは吸い上げ、世界に残された情報からエネルギーを得ている。

……といって絶食していようとも、人間は体内で栄養を合成できる。

その情報をもとにフェリシダはエネルギーを合成出来るという事だった。


「別に、何を食べようと何を飲もうと変わりないでしょ。」

『満足度が違ェだろォ……。』


カップラーメンを与えて理解できたのは好みはある。味覚もある。

そして熱を感じるが熱による損傷はお湯程度では受けないという事。

口では熱い、熱いと言いながらも汗をかかず。啜り方は熱い物をすする時と異なり一気に喉に流し込むような食べ方をしていた。

そしてその熱いカップラーメンのスープを何の気なしにぐっと飲み干していくのだ。


絆が結ばれたとはいえ、思っていることや考える事については共有されるようなことは無く、あくまで推測。推察。推理に洞察といった形でしか判断ができない。

よってコミュニケーションは基本言葉でとるのだが、外にいれば、私は一人ぶつぶつつぶやく不審人物になってしまう。

それは相手も理解している。外に出ても付きまとってくるが話しかけてはこない。

ただ、どこでもついてくるので私の笑顔が日に日に険しくなっていくと大学で噂になっていくのだった。

……自分にしか見えておらず、しかもその見えているのがわざとなのか、目の前で話をしている相手の顔を貫通するように手をのばしたり、と。

悪ガキか、コイツは。


他に理解できたことはある。

――この世界には、精霊という存在は珍しくもあり、珍しくもない。

観光地をイメージしてほしい。その観光地に観光客が訪れるのは一定だろうか?

大気中の酸素濃度。湿度。海の塩分。もっと広く。

この世界での命の数は常に一定だろうか?秒をさらに細かく刻んでも命は喪失と誕生。分裂などにより変動を繰り返している。


絆が結ばれた精霊と人間は引力。あるいは磁石の双極のような力関係が生まれる。

つまり自分と精霊の座標が近ければおのずと精霊の力は増し、相棒である人間も恩恵を強く受ける事ができる。


「精霊がこの世界に偶然呼ばれる確率は?」

「ないとは言えねェ。現に【はぐれ】精霊が起こした事象だってあるだろうしな。」


例えば錬金術というものはどうだろう。あらゆるものを金に変じたという逸話。

例えば、賢者の石。例えば、歴史の闇に埋もれていった数々の伝承。

神なども、見た目が神々しい精霊をたまたま目にしたならば。

或いは精霊との絆が結ばれた者が見れば?


「……待って。つまりフェリシダの姿が見られる可能性はある?」

「精霊との絆をすでに持っている連中からは見えるだろうな。

他に、なんだ?霊感だとか、第六感だとか。そういうものが優れた連中は見る、というよりは感じ取れるかもしれねぇ。」

「逆に見せようとしてフェリシダの姿を周囲に見せることは?」

「お前がそうしたい、と思えば勝手に実体化される。

普段は見えたり、物に触れたりといったことはしねェ方が面倒は少なくなる。」


となると、他に絆を結んでいる精霊の使い手がいれば厄介ごとを引き込む事になる。

……しかしコイツを普段から実体化させれば、それはそれで面倒くさい。

何よりまたマスコミといったメディアの類が騒ぎ立てるのが目に見えている。


さて、今の時間を確認しよう。

見上げると、夜の9時だ。まかりまちがっても親しい友人がお茶を飲みに来るような時間ではない。

まして、私は友人がいるがお互いに遊びに行く前には連絡を取り合う程度に節度を持っている友人達だ。

更にサプライズ――誕生日だとか。そういった日付でもない。

にも拘らず。私の庭に、外壁に設置されている警報機や赤外線感知。

自動通報システムやインターネットに至るまで。全ての外の世界とつながる手段が一斉に沈黙した。


何故沈黙をしたのか把握したのは、室内の電灯が落ちて非常用や災害用の薄暗い明りに切り替わったから。

緊張感や恐怖感はなかった。何故ならこの3日のだから。


「何人?」

そう聞いた。彼を【規格】したときに補助的に付けた能力で探らせる。

ポイ、と手にしていたエナジーゼリーの空き容器をゴミ箱に放り込む。


「4人だな。」

「お茶の支度でもした方がいいかしらね。」

「俺は特大バケツプリンな」


意味をなさない警報機。セキュリティ各種に頼ることを諦め。

話自体は聞いたときに覚悟を決めていた。

精霊のの本質。つまりフェリシダは――捕食対象として狙われているということだ。


「「まぁ、しょうがない」」

「アンタは私が」

「お前は俺が」

「「護ってやるからよ」」


私とフェリシダ。やることが決まれば意識の切り替えはスムーズに。

家を壊されては困るし、何より相手側は家の中での争いを好むだろう。第三者の介入を嫌うからこそ、警報システムのすべてを沈黙させてきたのだから。

フェリシダが窓ガラスを砕き、外に出る。私もそれに倣い、窓から飛び出た。

いつもと空気が違う。夜の都会の騒々しく酒の香りや煙草の香りが混ざる空気ではなく。

ねっとりと肌に触れ、じくじくとその表面を溶かしてくるような濃密な気配と視線。

空気が粘液の様に重く感じる。その正体は、目の前にいる4人。

1人、いや2人は黒いフードが付いたパーカーで顔を隠しているが、手には大ぶりのナイフ。音が出るのを嫌うのか、銃器は見えない。

さて、残り2人が問題であり、非日常の象徴として私たちの目の前に踊り出てくる――。

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