第37話 聖人と壊れた人格者

「──やあ、沙優さゆちゃん。どうだった?」

「どうだったじゃないですよ。あなたの身勝手な言いわけで吉田よしださんが……」

「うーん。何か理解不能だけど、あの正義感ぶりは異常だからね」


 無事にバイト先に戻ってきた私はコンビニでレジ係をしていた矢口やぐちさんに思いの丈をぶつける。

 この男の人は調子に乗ったら何を言い出すか分からないからだ。


 前回の転生で矢口さんが、私のお腹に矢口さんの子供を身ごもったというでっち上げた話に吉田さんをどれほど怒らせたか。

 ジョークは言っても、冗談の通じない吉田さんだけに……。


「──そんなことより、矢口。ちょっと話がある」

「おわっ!? 居たのかおっさん!?」


 居るも何も今回の作戦では吉田さんの協力が必要だ。

 それにはまず矢口さんのホラ話を真に受けないこと。

 矢口さんの脳みその半分以上は冗談で出来ていることを、吉田さんに知ってもらうことだった。


「……ああ、見てくれはただのおっさんだが、お前にも協力してほしくてな」

「臓器売買とか言い出すんじゃないよね?」

「確かに腎臓は一個無くても大丈夫だが、今回は別の話だ」


 ──一個、数千万もする腎臓の取り引き。

 ある海外の貧しい人々は臓器を売って生活をしてることを聞いたことがあるけど、一番お金になるのがこの臓器なんだよな。


「──えっ、僕と吉田さんが何者かに命を狙われてる?」

「そうだ。沙優が言い出したことなんだけど、心当たりはあるか?」

「うーん。僕、平和主義だからあまり人と争いたくないんだよね。嫉妬なら若干あるけど……」


 ──でも沙優の話では矢口さんが暴力を振るう記憶もあったとか。

 一体どの口からでまかせが出るのやら。


「……吉田さん」

「……誰かつけてきてる」

「だな。人数的には二人だが、一方は俺たちの味方だ」


 ──俺と矢口の二人は口裏を合わせて例の廃ビルの階層を進んでいた。

 剥き出しの鉄骨から映る空はどんよりとした雨模様で、梅雨でもない冬独自の気候だった。


「沙優ちゃんやあさみちゃんじゃないことは確かだよね」

「ああ、二人ともか弱い女の子だし、逆に狙われる恐れがあるからな。合図があるまでコンビニに待機してる」

「待機って何で? 僕たちに何かあるの?」


 矢口が不思議そうに首を傾げるが、どこで誰が聞いてるか分からない以上、迂闊うかつにこの作戦をバラすわけにはいかない。

 寝首をかかれる以前にチャンスは一回限りなのだから。


 『タタタタター……』


 俺たちのやり取りに対して、こちらに駆けてくる助走音。

 足音が近付いてくるのは分かるが、肝心の相手が見えないため、対応に遅れる。


『ヒュン!』

「しまった!? 矢口!」


 不意の風切り音を耳にした俺は矢口を壁際へと突き飛ばし、その音と対峙する。

 すると、銀色に鈍く輝く尖った物で腹を刺され、反動で屋上から端から落ちそうになる。     


 運悪くフェンスが壊れてる場所で足を止め、改めてこの場所に誘導されたことが理解できた。

 偶然にしては出来すぎていたからだ……。


「あれ? おかしいっすね。明らかに致命傷だったはずなんすっけど?」

「脳筋ゴリラもたまには勝つと言うことさ。遠藤えんどう!」


 物陰からしたり顔の遠藤が出てきて、血のついたナイフを舐める。

 沙優は自分の転生に何者かの黒幕がいると感じていた。


 人間という生き物は時に冷静に見えて、実に感傷的だ。

 相手も同種族なら、同じ人を殺めるのも何かしらの理由がいる。

 ただ無神経に命を奪われるのはどうもおかしいと……。


「あははっ。いつから気付いてたか知らないっすけど、あまりZ世代を甘く見ない方がいいっすよ」

「俺も年齢的にその世代なんだけどな」


 生き方も感じ方も違う、俺たちジェネレーション世代。

 11から28歳までがそうだったように。


「そうっすか。でもあんたはここで終わり。あの女は俺が貰うっす。いんやおっさんでチートスキルもないあんたより俺の方が彼女に相応しい」


 遠藤がニヤニヤと笑い、俺から十分な距離をとる。

 反論の余地すらも取らせないつもりか、話し合いで穏便には済まさないらしい。


『チャキッ』


 背中に結んでいる鞘に手をかけ、曇りもなく輝く日本刀をするりと抜き、軽く振るう遠藤。


「吉田はここで斬られ、証拠隠滅としてここから俺が落とし、矢口の犯行と見せかけて闇に葬る。邪魔者を消して、好きな女は俺のもの。実に完璧な計画っすよ」


 直接関わってない矢口が罪を被され、人間性も欠片さえもない遠藤。


「やっぱり真犯人はお前で、矢口の格好で沙優を何度もこの手にかけたんだな」

「そうっすね。知り合いに特殊メイクを作ってるダチがいて、それをお面代わりに被っただけなんっすけどね。上手い具合に引っかかてくれたっす」

「ふざけんな。矢口は関係ないだろ」

「でも沙優の心は傷ついた。おっさんなんかに好いた当然の報いっす」


 俺と喧嘩になって、暴力反対と平和主義を

主張していた矢口が欲の目的のために殺しという悲観的なことをする方が謎だったのだ。

 今まで沙優の言う限りでは、矢口も沙優を攻撃する対象と捉えていた。

 だが、それが遠藤が仕掛けた心理的なトラップだったのだ。


「沙優や後藤さんがタイムリープしてることも知っててか?」

「あの生徒手帳は元は俺の持ち主っす。中身をすり替えただけで、実はカバーに秘密があるっすよ」


 生徒手帳は当時、熱心な神頼みと、教会へ通いつめていた時、とある宗教に全てを捧げた男から、お礼として頂いたものだと遠藤が鼻で笑う。

 その宗教者の男は交通事故でもうこの世にはいないが、沙優への恋愛相談を通じて知り合った、遠藤の少ない親友でもあったと……。


「何だと、じゃあ初めから俺たちはお前の策にはめられてたのか!?」

「酷い言われだなあ。これは実験っすよ」


 不容易に沙優の生き死にを玩具にし、モルモットの扱いをしてきた遠藤。

 自分ではやるだけやり、第三者に罪を擦り付けるという最低の発言だ。


「さあ、文句を言う暇があったら俺のために死んでくれないかな」

「あばよ、聖人吉田」


 遠藤が日本刀を回して、俺のがら空きな横腹をついてくる。

 相手は俺に傷をつけたいんじゃない。

 あくまでも間接的な攻撃だ。


「うわああああー!!」


 刃物をかわしたのはいいが、足元に苔が生えていて、大きくバランスを崩してしまう。


 俺は屋上から足を滑らせて落ちていった。

 沙優からの最期の望みに期待しながらも……。

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