第5章 大人な対応の吉田さんと未だに子供な私(最後の転生)

第35話 自分自身の戦いとみんなでの戦い

「──目が覚めたようね」

後藤ごとうさん……私はどうなって?」

「えっとね、今回も沙優さゆちゃんは命を亡くしかけたの。原因は心因性のショック。あなたは吉田よしだ君の無残な姿に直面して……」


 どうやら私は意識を失い、ベッドに寝ていたようだ。

 見慣れた少し黄ばんだベージュ色の天井。

 元は白く塗装されていた壁だったけど、数年前まで喫煙できていたらしく、こうやってヤニが混じったこの色に変わってしまったらしい。


 ……と店長が言ってたことを思い出す。

 どうしてそんなつまらないことが思い出され、肝心の転生前による、直前の記憶がさっぱりなのか。

 理由はどうあれ、またみんなに迷惑をかけてしまった。

 自分の性格上、やりきれない気持ちで一杯だ。


「……いえ、ここから先のことは伏せた方がいいわね。お互いのためにもなるから……」

「そうですね……」


 ベッドの横にあるパイプ椅子に座っていた後藤さんが私の額に置いていた白いタオルを新しいものに取り替えてくれる。

 少し発熱があったようで寝ずに看病してたのよと後藤さんはあくびを噛み殺した。


「ここはコンビニの休憩室ですよね。何でこんな場所に? あさみは?」

「あさみちゃんと矢口やぐち君は今レジで仕事の最中よ。沙優ちゃんが勤務中に倒れたって、あさみちゃんから連絡があったの」


 そういえば兄さんとコンビニの外に出た後の記憶があやふやだ。

 梅雨のようなどす黒い雲から冷たい雨が降っていて、傘もささず、目の前の何かで気が動転して……。


 そこから先のことが映画のフィルムをバッサリとハサミで切り取られたような感じで……ああ、結局は人の助けがないと生きていけないんだ。

 ほんと情けないな、私って。


橋本はしもと君の自家用車マイカー三島みしまさんも神田かんださんも駐車場裏に来てるわよ。本来は吉田君が駆けつけるはずだったのだけど、突然の来客で今日の仕事を休んでね」


 四人で吉田さんの業務を分担したら定時には帰れる予定だったけど、そこで私が倒れたと電話があって、急いで駆けつけた仲間たち。


 吉田さんは沢山の人に支えられて生きていて、私と違って一人ぼっちじゃないんだね。


 そう思うと目頭が熱くなったのでシャツの袖で軽く拭う。

 今は泣いてる場合じゃない。

 どんな理由でも新たに転生したことは確かなんだ。

 焦らず恐れずに置かれた状況を整理しないと……。


「来客って、もしかして兄さん?」

「えっ、確かにそのようなことを言ってたわね。何か関係でもあるの?」


 あるも何も私の兄さんがコンビニに来てから、順調だった歯車がズレてしまったんだ。  

 なら初めからここで事故を未然に防げるように仕向ければ、多少は不穏な流れを変えられるかも……。


「後藤さん、お気遣いありがとうございます。私、行かないと」

「駄目よ。足腰が震えてるし、何か事故があってからでは遅いのよ」

「でもこれが最期のタイムリープかも知れないんです。どうせなら足掻いて足掻きたいじゃないですか」


 私はベッドからフラフラと起き上がり、壁にもたれながら体重を預ける。

 この脱力感は今までの転生ではなかった状態だ。

 恐らく前回の命の散り方に問題があったのだろう。


「沙優ちゃん、いつからそのことに気付いて?」

「タイムリープに時間制限があるのには、薄々分かっていました。その本当の意味に気付いたのは、今回の転生の流れからです」


 私は何度も転生することにより、吉田さん名義のスマホの日時を通じて、前の記憶から時間が進んだ先に転生することに気付いていた。


 今回は一月下旬の28日、時間は午前11時、兄さんが来る前のコンビニ内。

 となると程なくして兄さんが車に乗せた吉田さんとここに来るはずだ。

 そうなると前の記憶のように矢口さんと衝突して、何らかの意図により、吉田さんと問題を起こす。

 そして私は今度こそ闇に飲み込まれ、悔いが残る形のバッドエンドで人生を終えてしまう。

 嫌だ、吉田さんと幸せに暮らしながらにこやかに抱かれ、彼の腕の中で看取られたいんだ。

 人間は最期は一人で息絶える生き物だけど、誰もいない世界で一人で旅立つのは寂しいことと、転生を重ねて知ってしまったから……。


「恐らく私の時間はあまり残されていません。だったら自ら動くしかないんです」

「沙優ちゃん、なら私御用達のタクシーを呼ぶからそれを使って。お代は私がクレカで払うから」

「後藤さん、太っ腹〜♪」


 流石さすが、会社では上の立場のお金持ちな女性は違うなと思いながら、少しからかってみる。

 でも吉田さんは後藤さんのたわわな部分に惹かれたんだよね。

 男って単純だな。


「あまりふざけてると、私が彼をもらうわよ」

「ごめんなさい。冗談です」

「はあ……。最近の女子高生って一つのことに対して不真面目というか、ホント軽い感じのノリが好きよね」


 いかにも後藤さんらしい答えに相槌を打っていると、缶の飲み物を手渡してくれた。

 缶はほんのりと温かく、さっき買ったような感覚に思えた。

 でもさっきまで寝ていた相手におしるこのセンスはないでしょ……。


「それだけ後藤さんの考えが大人ってことなんでしょうね」

「何言ってるの。あなたも行く末は大人になる運命なのよ。大人ならではの悩みの多さゆえにね」


 後藤さんが私に松葉杖を勧めてくれたけど、余計に歩きにくいのでやんわりと断る。 

 そんな杖、どこから持ってきたんだろう。


「大人になるのって、色々と面倒ですね……」

「そうよね、大人って子供と違い、義務や責任感とかも必要だし、マニュアルも何もない未体験の問題だらけだからね。その解答の難しさは折り紙付きよ」


 いかにも大人の女性の言葉らしい、空白の問題集に取り込むという例え。

 酒に酔ってるわけでもないのに、こんなクサい台詞を吐くんだ。

 後藤さんの心情は計り知れない。


「さあ行きなさい、沙優ちゃん。今度こそ自分の将来をハッピーにするために」


 後藤さんが私の背中を軽く押してくる。

 大人の支えは想像以上に頼もしくて、ちょっとだけ吉田さんの淡い恋心が分かったような気がした。


「……後藤さん」

「何かしら?」

「今後、私が無事に20歳を迎えたらというものに付き合ってもらえますか?」


 だから後藤さんとの関係はにせず、これからも親しくしていくことに決めた。

 こんなに私に親切にしてくれるのも、いじめを苦にして自殺したあの子以来だったから……。


「フフフ。まるでこの世の終わりのような言い草ね」

「私からしたら、今度こそ末路もありますから」

「なるほどね。でもまあ、お酌なら喜んでお相手するわ」


 後藤さんが心から喜んで、私にエールを送る。

 これまでは生きるために身体を重ね、偽名を使い、表面上だけの生き方をしてきた。

 でもそれじゃあ、吐いてるばかりで息が続かない。

 時にはこうやって心をさらけ出せる仲間も必要だと。


「沙優ちゃん、頑張ってね」

「はいっ」


 ここからは自分だけの戦いじゃない。

 私を取り巻くみんなでの戦いなんだと──。

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